第3話

「私が囮になって敵を攪乱する。その間に敵の武将を討ってくれ」


 セナの馬が襲歩で右翼と併合すると、そのまま敵につっこんでいく。

 この国の最高兵力を誇る近衛兵はエリーのもとにあった。


 セナにはカリスマ性があった。

 小隊のなかにセナが入ると、一つの生き物のように動き、近衛兵のような強さを敵に見せつける。

 敵はセナにかかりきりとなったところで、エリーは馬の速度をあげた。


 近衛兵たちが鉄壁の守りでエリーを守る。エリーのバネのような、伸びのある攻撃は、敵の兵を一太刀ごとになぎ倒していく。

 セナを超える火矢のようなエリーの攻めは、苛烈を極めた。

 

 敵の武将は刀をとるいとまもなく、天幕で追い詰められて降伏した。

 エリーは勝鬨かちどきをあげると、遠くのセナがそれに応える。

 セナとエリーは戦場でひとつになったのだった。


***


 王国の城は軍隊が常に出入りをしていた。エリーは鎧兜を装備したまま城門を通る。隣にはセナの姿があった。

 セナの軍は攻め寄せる敵軍の主力を悉く打ち破り、褒章の授与と謁見の機会を与えられたのだった。エリーは身分を隠したまま、セナの右腕の武将として同席が認められた。


 エリーとセナは謁見の間に通され、列席に向かい合う形で並ぶ。高みに玉座があり、その背後から神と勇者をモチーフにしたステンドグラスが、赤い絨毯に影を落としていた。

 エリーたちの向かい側にも皇子が座るであろう席が設けられて、貴族や元老と思われる人々が集まりつつある。

 そこに第一皇子カルロスが現れると、みな跪いて頭を垂れる。


 カルロスの表情は温和で、鼻の下に柔らかそうな茶色の髭を生やしている。赤と青の格子状のマントを羽織り、頭にはシロツメクサの文様が光る小さな王冠を被っていた。

 エリーは密かに顔を下げながらも、カルロスをじっと睨み続けている。憎悪の対象はエリーが思うよりも弱々しく、女々しく見えた。


 カルロスが席に着くと、やがて誰よりも高い位置に設けられた玉座に王が座る。


「これより授与式を始める。敵の主力軍である武将を討った第二皇子セナ、王の御前に」


 セナは返事をして立ち上がり、王の前に立った。王の代わりにカルロスが席を立ち、臣下がもつ勲一等のメダルを手に取る。


 カルロスがセナの前に来ても、セナは跪かなかった。


「私はこの汚れた手で勲章を頂きたくはありません」


 セナはカルロスをいかった目で睨むと、カルロスは一歩さがり眉をひそめた。

 臣下は「無礼者!」と怒鳴ったが、ピクリともセナは動かない。


「誠に恐縮ですが、謁見できる貴重な場をかりて上申させていただきたい」


 謁見の間に家臣たちの声が響く。騒然とする中で、王は微動だにしなかった。


「第一皇子カルロスは、ここにいるフェルセン家のご令嬢、エリー・ベルト・フォン・フェルセンを魔女の罪で国外追放しました」


 エリーは立ち上がり兜を取ると、カルロスは目を見開く。エリーが王を見上げると、王の影がゆっくりと動いたようだった。


「エリー嬢は私を頼り無罪を主張しました」セナが言い終わる前に、王が口を開く。

「カルロス、セナ将軍の訴えは真実か」

 王の野太く響き渡る声が天井から降り注ぐ。


「いえ! 全くの言いがかりです。……この女は侯爵の娘という立場でありながら、夜な夜な男どもと戯れて、肉欲に興じ男を弄んでいるのです!」


 この時代に女性が複数の男性と関係を持つことは罪に問われた。まして王族と関係がある貴族の部類であれば、王国の品格が問われることもあり、重罪となることもあった。


 エリーは拳を固く握りしめた。嘘、偽りがどうして、よどみなく出てくるのか。

 ここは謁見の間。そう言い聞かせて、高ぶる気持ちを抑える。


「エリー嬢は、夜な夜な男と遊んでいる……。それは大きな勘違いです」セナは自分の家来に合図をすると、一人の兵士が謁見の間に入ってきた。

 エリーはその男に見覚えがあった。


「この男は、エリー嬢とフェンシングをして負けています。夜な夜なエリー嬢は剣技を高めるため、男と試合をしていたのです。そうであろう、エリー嬢?」


「……はい。士官学校の女性では相手にならなかったので、未明に強そうな兵士に声をかけて試合をしておりました……」


「そこで負けた男どもが、酒場で嘘を広めた。そうだな?」


 広間の扉に狼狽えて立ち尽くす男が口を開く。「その通りです! 申し訳ありません……。エリー様、どうしても女に負けたことを認めたくなく、みなで画策して嘘を言っておりました。……本当に、申し訳ありません」


「嘘だ! その男を買ったのだろう!? セナ汚い真似を!」カルロスは居丈高に声を上げると、セナの胸を突いた。


「では、エリー嬢と戦ってみたらいかがでしょうか」


 セナは剣を抜くと、周りの臣下が歩み寄って、セナとカルロスの間に人の壁を作る。

 しかし、カルロスはその壁を押しやった。


「……いいだろう。貸せ」


 カルロスは褒章を床に落として、背筋をピンと張ると、エリーに対して剣を構えた。

 セナは目を丸くしているエリーにウインクする。


 女性はあくまで非力。カルロスの固定観念は揺らぐことがない。妹のように、女は口先だけで何もできない存在だと、カルロスは千載一遇のチャンスにめぐりあったと思った。

 

 しかしエリーが剣を抜いた瞬間、カルロスの右手にあったはずの剣は宙に舞い、落ちるとエリーの左手のなかにあった。


 あまりに突然のことで、謁見の間は時を失ったかのように沈黙する。

 カルロスは王を見上げて、膝を震わせた。


「……知らなかった! 知らなかったのです! 父上!」


 カルロスは無言の王から恐ろしいほどの圧力を感じていた。


「しかし、これだけではありません」

 膝をついたカルロスをセナは見下ろす。


「カルロスがエリー嬢を国外追放したのは、フェルセン侯爵を殺すため暗殺者を放ったからです」


 謁見の間が騒然とする。カルロスは下唇を噛んだ。


「快活なエリー嬢がいずれは真相を突き止めることを危惧し、カルロスはエリー嬢を国外追放した。フェルセン侯爵が亡くなってから、私は暗殺者を突き止めました」


「……もういい」


 カルロスは力なく項垂うなだれると、石畳に手をついて嘆く。


「すべては王国のためだった。フェルセン侯爵は敵に味方の情報を送り、スパイ行為を繰り返していたのだ」


「……違います。兄上。フェルセン侯爵は敵と停戦を行うため、秘密裏に敵国に忍び込み交渉を続けていたのです。……兄上、城の中に居たまま重大な判断をしてはなりません。フェルセン侯爵は王国の基盤を支える重要な人物だったのですよ」


 コツン、と王が権杖けんじょうを鳴らす。


「皇子カルロス、おぬしは誤った判断により王国の忠臣を暗殺した。そして暗殺の証拠を隠すため、罪なき娘を国外追放した。その罪は重い――よって二十年間、塔に幽閉する。また、娘を裁判した賢老議会は解散。臨時議会の選出は第二皇子セナに任せる」


 王は立ち上がると、みな頭を下げ、カルロスを残して敬服した。


 新政権の実権は第二皇子セナが握り、カルロスは獄を抱き王国から忘れ去られる。



 軍神と言われたセナを讃える兵士たちを見下ろし、礼拝堂の高見台からセナが軍隊と民衆に手を振ると王国全体が歓喜の声に包まれる。

 セナの横にエリーが立つと、女神と流布された姿を見て、兵士はさらに鼓舞され女性たちは卒倒する。


 真紀の助言の通り、エリーはセナの第一夫人となるのだった。


【後書き】

最後まで読んでいただきありがとうございました。★★★にしてもらうなど、

ぜひ評価をお願いします!


次作品の執筆の力になりますので、

どうぞよろしくお願いします。

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