第2話
町はずれの軍事施設。荒々しく削り出された看板に訓練場の文字。
エリーは兵士の恰好で、開いている門を通った。
柵のなかで男たちは訓練し、怒号が飛び交っている。
兜をかぶっているエリーは、長い髪を鎧の下に通していたので、女性とは分からなかった。
「おい、お前、訓練生か? 若いなあ、見たことない顔だな?」
鋭い目つきの男がエリーの肩を掴んだ。エリーは反射的に手を取り上げてしまう――心はまだ現状を整理できていなかった。
男が触ると体が勝手に動いてしまう。
「お? 威勢がいいな」男はエリーの袖をつかんで力強く引き寄せると、エリーは自然に腰を低くして、男の胸元に入りこむ。そして男のもう片方の袖をつかんだ。
男は意図せず、エリーの背中に乗ってしまうと、ぐるりと宙で回転させられ地面にしりもちをついた。
「……まいった」
やってしまった後、エリーは自分のしたことに目を丸くした。ほとんど反射的に体が動いてしまったのだった。しかしそれよりも、周りの空気がピンと張りつめたことにエリーは気付いた。
前髪をかきあげて笑顔になると、男は立ち上がりエリーと握手する。
「君強いね! ちょっとお手合わせ願おう」
男のヒスイ色の瞳と目が合い、エリーは気付いた。
「第二皇子セナ様ですか?」
セナはバツが悪そうに、頭を掻くと木刀を投げ渡す。
「……ほら、甲冑は脱がないの?」
もし女性に投げ飛ばされたと分かれば、セナに悪評が立つかもしれない。エリーは兜と甲冑を着たまま構えた。
――真紀は言っていた。エリー様が貴族に戻れる可能性として、ひとつだけ方法が。それは第二皇子のセナ様に気に入っていただき、できれば結婚すること。その才覚がエリー様には必ずあります――
エリーはセナと向き合って内心、おもしろく思っていた。
士官学校では男と戦うことは禁じられていたが、軍神と噂されているセナと戦えることは光栄であり、自分の力を試してみたかったからだ。
セナは一瞬に間合いをつめて、斬り込んでくる。その速度は今までの対戦してきた相手――指南役すらも超える速度だった。
薙ぎ払い、受け流し、鍔迫り合いをして、エリーは防戦一方となる。
「甲冑を脱がないからだよ」
近づけた顔でセナはウインクすると、エリーの心臓は高鳴る。男性をこれほど近くで見たのは父親以外いなかった。
「あれ、君は?」
セナは犬のように鼻を動かすと「女?」とつぶやく。
エリーは焦って、力任せにセナを鍔で押して体を弾くと、セナの手元を狙って打ち込む。
一刀一刀が木くずが飛び散るほどの強打で、セナの木刀は中腹からへし折れた。
「まいった!」
猛攻するエリーに片手を突き出して止めるセナ。見ていた兵士たちは、感嘆の息を漏らして拍手した。
「こっちに来てくれ! すぐに入団手続きをしよう」
セナはエリーを宿舎に案内した。
宿舎には天幕が張ってあり、部屋のなかはセナとエリーだけだった。
「君は、フェルセン家のご令嬢では?」
エリーは兜を脱ぐと、セナは確信したようにうなずいた。
「セナ皇子。どうか、カルロス皇子を止めてください」
膝をついてエリーは頭を下げた。
「どういうことだ、話を聞こう」
セナはカルロスという単語を聞いた途端に、声色が変わり背を伸ばす。エリーはセナの険しい顔に一瞬狼狽えた。
「私はカルロス様に魔女の烙印を押されて、国外追放となりました。淫猥な行為をしていると、いわれのないことで一方的に賢老議会で決めつけられました。おそらくはカルロス様のご
しばらくセナは顎に手をやって考え込むと、柔和な表情に戻る。
「エリー殿、もう大丈夫です。よく、ここまで来てくれました」
セナは優しい口調になるが、すぐに眉をしかめた。
「……ただ、エリー殿にはつらいかもしれないが、伝えておかなければいけないことがあります」
背を向けるセナを見てエリーは心の中がざわつく。
「フェルセン侯爵が亡くなられました」
エリーは口を覆って、声がでないように気持ちを制する。しかしどうしても目に涙が溜まっていった。
侯爵はエリーの唯一の親族だった。つねに遠い地で職務に従事して、国を守っていたが、まさかこういった形で父の死を知ることになるとは思っていなかった。
カルロスが突然に魔女裁判を開いたのは、エリーの後ろ盾がなくなったことを見越してのことだったのだ。
「私は兄のしたことが許せません」
セナはエリーを慰めるために言ったわけではなかった。
エリーの件以外にも、カルロスの暴挙はいくつかあったのだ。セナは意を決すると、軍神と噂され、敵も慄いた恐ろしい表情に変わる。
「……エリー殿、私と一緒に先陣を切り武功を重ねましょう。大丈夫です……私があなたを命に代えても守ります」
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