少女たちは走る、彼方のゴール目指して
藤原くう
第1話
濃紺の海に光が瞬く。
それは合図。百人以上の命知らずたちが、走り始める合図だ。
上下左右も重力もない空間を、そこに地面があるかのようにランナーは踏みしめ、加速する。
集団の最後方にいたテルは42.195光年先のゴールへ駆けだしたライバルたちに圧倒されていたが、思い出したように腕を振り、足を動かす。
宙に浮かんでいたテルの足が――履いていたシューズがぼんやりと光を放つ。走るという行為に合わせて、装置が作動し、宇宙に漂っているダークマターを固めていく。
宇宙に溶け込むような変幻自在の物質が、彼らにとっての地面。
脚が地面を踏みしめ加速するたびに、光は強くなった。秒速5メートルまで達したところで、小柄なテルの体が七色の光に包まれて消えた。
テルの前にいたランナーたちも光の中へと飲まれていく。
彼らが出現したのは、0.01光年先の宇宙。
光から出てきたテルは、勢いに転倒しそうになる。なんとか体勢を持ち直し、ふうと息を吐く。練習通りにはなかなかいかない。
背後には、瑠璃色の惑星。それは、スタート地点よりで見たよりも、ずっと小さくてビー玉のよう。宇宙を走っているという実感がテルの心にこみあげる。
――先輩はどうしてるんだろ。
奥歯に仕込まれた通信機のスイッチを押そうとして、涼子の不機嫌そうな顔が頭の中に浮かぶ。先頭集団を走っているであろう彼女の邪魔になってしまうに違いないので、通話はやめた。
ネコ科の肉食獣を連想させる細い脚を大きく動かし宇宙を駆ける先輩の姿を、テルは思い出す。
――わたしも頑張らなきゃ。
完走を目指して、腕を振るう。伸ばされた脚の先から光に包まれていった。
時は、一時間前へと戻る。
宇宙に引かれた光線――スタートラインに、続々と選手が集まる。その中に、テルと涼子の姿もあった。
「あのなあ」
苛立ちのこもった声を出したのは、青色のユニフォームを身に着けた涼子であった。彼女の鋭い目線を向けられて、テルはますます体を縮ませた。ユニフォームの色もあって、ピンクのボールのよう。
「チェックしなかったら危ないだろ。ヘルメットにひびがあったらどうすんだ。シューズが正常に作動しなかったら?」
「あ、あの」
「ちゃんとしないと困るのはあたしなの」
しっかりしてよ、とだけ言って、涼子は集団の前の方へと歩いていった。その背中へ、テルは手を伸ばしたが、涼子は立ち止まらなかった。向けられた手が、力なく下りる。
――また、怒られちゃった。
ため息がこぼれる。忘れっぽい自分が憎らしい。言われてみれば当然のことなのだ。命綱ともいえるスーツの管理を疎かにしていたのだから、怒られるのは仕方がなかった。
涼子の姿が、遠くに見える。物理的な距離もさることながら、心理的にも距離を感じた。
陸上部に入部し宇宙を走るランナーとなって、すでに半年が経過したが、テルと涼子との間には依然壁があった。はじめは嫌われているのだろうかと枕を濡らした夜もあったが、気のせいだとわかった。
壁はテルの前だけにあったわけではない。ありとあらゆる人の前にそびえたっていた。まるで城壁のよう。
それがわかって、テルは胸をなでおろす。テルは涼子に憧れて陸上部の扉を叩いたのだ。
――窓の外に広がる真空を一人走る涼子を見た瞬間、胸が高鳴った。
光を背にした涼子は天女のようだった。
そんなものを見た翌日には、テルは陸上部に入部し、涼子と同じ競技を練習し始めた。
色々なことを聞いたし、言われた。それで、涼子が部員から嫌煙されているということを、テルは知った。あの人は気難しいとか、調子に乗っているとかなんとか。そのたびに、テルは首をひねった。夜の帳が下りたグラウンドで一人練習している人が、調子に乗っているだろうか?
同時に気難しいという評価も、今のテルには理解できた。気難しいし、頑固だ。
今日だって、大会に参加しない方がいいにもかかわらず、反対を押し切ってまで出場しているのだ。
涼子をはじめとしたトップランナーに対して脅迫状が送られていた。送り主はコスモポリタンというテロ組織である。
彼らの言い分はこうだ。今すぐ大会を中止しろ、さもなくば、天罰が下るだろう。天罰、というのが何を指すのかはわかっていないが、コスモポリタンという連中は街中で爆弾を爆発させるような危険なテロ組織であることは違いない。
コスモポリタンが目指しているのは宇宙の平穏だ。宇宙を走る際、いい塩梅――ちょうど人が走るくらいの速度――でダークマターを圧縮してワープを行うのだが、それが宇宙の寿命を短くしているとコスモポリタンは主張する。
「それって、仕組みがよくわかってないから危ないって言いたいだけじゃない。ペニシリンとか知らないのかしら」
ペニシリンはなんだかわからないが、涼子が怒りを覚えていることくらいは、テルにも理解できた。とはいえ、どうしてワープしているのかわからないのは事実で、ダークマターを瞬間的に踏み固められる仕組みだって不明だ。悪影響があると考えるのも当然ではあった。……だからって脅迫していいわけではない。
大会は、脅迫状がやってきた割には賑わっていた。脅迫を受けたという五人の選手は、涼子も含めて一人も欠けることなく出場しているし、他の学校の生徒もちらほらいる。だが、一番目につくのは赤いサイレンを上部に搭載した警察の巡視船だろう。その数はいつもの倍以上で空気はピリピリしている。
はじめての大会なのに、大変なことになっちゃったなあ。
そんなのんきなことを思ってしまうのは、現実味がないからだろうか。テロが宇宙のどこかで起きているとはわかっていても、自分の身の回りで実際に起きるだなんて考えもしない。
だが起きてしまった。
武装した人間が五人ほど現れたのは、先頭集団が二十一光年に差し掛かったころだった。
光とともに現れた宇宙服の人々の手には、黒光りするライフルが握られていた。その大きな銃口が、ワープしようと助走していた涼子たちへと向けられる。恐れ知らずの先頭集団ではあったが、一瞬ぎょっとしたように、その速度が遅くなった。だが、急には止まれない。それならいっそ。
加速しようとした選手たちの近くを光線が走る。光線はライフルから生じていた。
光線銃。威力は弱い部類であったが、わきをかすめただけ宇宙服は融け、酸素が抜ける。回避しようにも、ワープするランナーたちは光より速く走られるわけではないし、そもそも反応が追いつかない。
正体不明の人物らは、本気だ。
テロリストという単語が涼子の頭に浮かんだ。脅迫状を送りつけてきたあのコスモポリタンとかいうテロ組織に違いない。
「動くな」
簡潔な言葉が、通信機からやってくる。誰でも利用できるオープンチャンネルに響いた声は加工されているのか、機械音声じみていた。
どうすると、トップランナーたちは顔を見合わせる。その中に、涼子はいない。彼女がやりたいことは一つである。このまま、走り続ける。それだけだ。一人だったら、いい的かもしれない。だが、五人なら。
普通ならそんな危険な賭けには出ないだろうが、ここにいるのは、己の体一つで宇宙を駆ける異常者だ。顔をつきあわせた彼らの意見は言葉にせずとも一致した。
涼子たちはてんでバラバラの方向へと走り出す。それぞれのシューズが放つ光は、銀河のように渦を巻いて離れていく。銀河を光線が貫通していくが、照準が定まっていないようであった。
――これなら。
光に包まれワープする選手を見ながら、涼子は速度を上げる。シューズがまばゆい光を発する。
そのとき、テロリストの一人が、何かのスイッチを押し込んだ。瞬間、黒い波動が周囲へまき散らされる。宇宙に溶け込むような波が選手たちを包み込んだ瞬間、シューズから光が失われた。開こうとしていた光が、弱まって、ついには消えた。
脚が、支えを失う。体が宙へと浮く。脚を動かしても、真空を掻くだけ。地面を蹴ることはなかった。
装置が動かなくなってしまった。
涼子は、スイッチを見せびらかす男を睨みつける。
「なによそれ」
「大したものではない。君たちとは真逆のマシンさ」
暗黒物質を圧縮するのではなく拡散させる装置、とテロリストは律義に説明する。宇宙の平和を守るためというお題目にぴったりの装置であったが――。
「あんたたちだってワープしてたくせに」
「これは必要だから使用しているのだ。そうじゃなければ使わない」
「言い訳じゃない」
リーダーを侮辱したと思ったのだろうか。テロリストの一員が、涼子へ銃口を向ける。一瞬、涼子はひるんだが、今度はそっちの方を睨む。撃ちなさい、とばかりの反応に引き金にかかった指に力がこもる。
発砲しようとしたテロリストを、リーダー格の人間が制する。こいつらは人質なのだから手荒なことはするな、とかなんとか。会話は、オープンチャンネルに響いていて、すっかり聞こえている。人質という言葉が連想するのは、なにがしかの要求。
「あたしたちを人質にしたって何も得られないわよ」
「そんなことはない。お金を出すものはいるものさ。それに、このジャミング装置を買いたいのテストでもあるのだから」
話はそこまでとばかりに、背を向けて、どこかへと連絡し始める。それは、通信機を介したものではなかったから、今度は聞こえなかった。
涼子はこぶしをきつく握りしめる。
人質になったことが歯がゆいのではない。走り場である宇宙でただふわふわと漂っているのが耐えられなかった。だが、シューズが動かない以上はどうすることもできなかった。
テルがテロリストの犯行声明を知ったのは、十五光年の給水所にたどり着いた時のことであった。そこでは酸素の補給やら流動食やらを補給できる。重力アンカーによって固定されたボールが点々としていて、そのボールの中に各々準備したものが詰め込まれている。
給水所へと近づくにつれて、サイレンの光が強まる。遠くに、複数台の巡視船が見え、その前には宇宙服姿の人々が漂っている。それを目にしながら、自分たちのボールへと近づいて行く。キーパットに触れてパスワードを打ち込む。扉が開くと棚がある。上の棚に置かれていた涼子の補給品はすでにない。自分の分のカプセルを宇宙服へ装填しながら、先輩との歴然とした差に、テルはため息をついた。涼子とともに走られるようになるには、どのくらいの練習を積めばいいのだろう?
少しでも、追いつけるようにならなくちゃ。
走りだそうとしたテルの耳へと、ごちゃごちゃとした声が届く。給水所へやってきたことで、あたりの通信が聞こえるようになったのだ。それらのやり取りはオープンチャンネルで行われていたから、よく聞こえた。
テロリストが選手を人質に取った。
テルは息を呑み、周囲に素早く目を向ける。
「先輩の性格なら」
意地でも走ろうとするだろう。警察官に詰め寄っているか、制止の言葉をかけられているか。どちらにせよ、青白制服の近くにいるに違いない。警察官のあたりを見てみたが、涼子はいない。通信機のスイッチを入れると、耳障りなノイズが耳元で弾けて、声を上げた。びっくりしたもう、と通信機のスイッチをオフに。ノイズは切れたが、キーンという残響が耳の中で響き続けていた。
テルは顔をしかめながら、通信機のログを確認する。通信自体は涼子と繋がっていた。通信機が故障したのではなく、ノイズの発生源があったということ。恒星の近くでは繋がりにくいが、コースの近くに恒星はなかった。恒星以外の原因によってノイズは発生した。
テロリストが何かしたのではないか。通信をジャミングする装置か何かを使って、涼子たちを孤立させたのではないか。
そして、脅迫状。
嫌な予感は、はちきれんばかりに膨らんでいた。
もしかしなくても、涼子は窮地に陥っているのではないか。
「こうしてはいられない……!」
憧れている人が、困っている。それだけで、行動する理由としては十分だった。
衝動的に、テルは走り出していた。テロリストが危ない人であるとか、自分の命が危うくなってしまうとか、そうならないように警察が封鎖していることとかは頭の中にはない。考えていたら、動けていない。
走り出すテルを見た警察官は、すぐに別の方を監視し始める。テルが、この先の宙域へとワープしようとしているようには見えなかったのだ。宇宙どころか地上ですら本気で走ったことのないテルの走りはひどいものだった。フォームはぐちゃぐちゃで、非効率甚だしいと涼子が嘆きの声を上げていたくらいだ。その動き自体には力がこもっている。
何より、気合があった。
涼子に追いつきたいという気持ちだけで、テルは走っていた。それは、憧れという無尽蔵の燃料を燃やしながら、進む機関車のよう。
フォームがなっていないから、走る速度はかなり遅い。だが、みなぎる気合に動かされた脚は力強かった。
「いっけぇぇぇっ!!」
ダンッと、不可視のダークマターを踏みしめる。素粒子が圧縮され、エネルギーが生み出される。一部は反発力として地面を踏みしめた時のような感触をテルへ返す。残りのエネルギーは光とワームホールに変わる。渦巻く光は他のランナーが生み出すものよりも大きく、眩しい。
テルの覚悟に触発されたものなのか、その力強い走りに感化されたものなのか。
あまりの眩さに警察官が声を上げようとしたとき、テルの体は光の中に飲まれた。
光の中にいる時間は、ワープしている人間からすれば一分にも満たない。
七色の空間を走るだけ。後は目的地を強くイメージすればいい。走る必要はなかったがワープアウトした後も慣性を引き継ぐので、座禅なんかしているとそのままの体勢で宇宙を漂うことになる。それは時間の無駄だから、ランナーたちはワープ中も走り続ける。
腕を振り、脚を動かす。宇宙空間では聞こえないはずの足音が、高次元空間においては聞こえる。アスファルトの上を走っているときだったり、砂利道だったりタータンだったりした。音の響きはそのたびに変化した。
今回の足音は前後から聞こえた。
視線の先に、ぼんやりとした影が見える。こんなことははじめてだった。涼子からも知らされていなかった。
それはテル自身の姿。
幼稚園生のテル。小学生のテル。中学生のテル。そして、涼子と出会うまでの自分が前を走っていた。
――じゃあ、背後は?
背後からの足音は、今のテルよりも強い音だったりカツカツとしたヒールの音だったり。テルは振りかえろうとして、止めた。未来の自分がいるかもしれなかったが、今はどうでもよかった。
現在の涼子を助けたい。涼子の無事だけを祈って、ただひたすらに走る。
足音が離れていく。現在のテルの足音だけがマーブル模様の空間に響くようになる。
長くない……?
いつものワープよりも、ワープアウトまでの時間が長い。いつもなら、一分もかからず宇宙空間へと吐き出されるというのに。
足音が右から聞こえた。自分ではない誰かが近づいてきている。
その規則的な足音は、涼子を連想させた。だが、涼子の走りを半年見続けていたテルには違うとわかった。テルのものよりも、足音の間隔が長い。ストライドが広いのだ。
足音はあっという間に近づいてくる。見れば女性だったが、知らない顔だった。涼子ならわかるのかもしれなかったが、ランナーとなって歴の浅いテルには彼女が誰だかわからない。そのフォームは美しく、かなりの実力者であることはランナーに詳しくなくても容易に想像がつく。
音の方向を向くと、同い年くらいの少女が走ってきていた。
「誰……?」
返答はない。少女は、テルの周囲をぐるぐると回る。その姿はどこかぶれている。複数の少女の映像がレイヤー別にちょっとずつズレて貼り付けられているような。オーラのような虹色の光が後光のように揺らめいていて、神秘的で神々しい。
まるで、人間ではないかのような。
畏怖にも似た感情がテルの中に湧き上がったが、逃げ出しはしなかった。今更引き返すわけにもいかなかった。ワープ中は方向転換ができない。ただただまっすぐ進むことしかできないのだ。それなのに、少女は自由気ままに走り続けている。
彼女と自分とは、比喩でも何でもなく、住む世界が違う。
走るテルの前に躍り出た少女は、ふわりと一回転し、先へと進む。
「案内してくれるの」
手が上がったような気がしたテルは、少女の後に続く。
走った先に光が現れた。少女はもういなかったが、行先は一つしかない。光の中へとテルは飛び込んだ。
突然生じた七色の光は、テロリストと涼子たちを驚かせた。ワープをする人間ならそれがワープアウトの兆候であると知っていたから。
特に驚いていたのはテロリストの方であった。手にしていた機械を確認しては何事かを話している。仲間内の無線チャンネルで話しているらしく、内容までは聞こえない。――だが、想像はついた。ジャミング装置が機能しているにもかかわらずワープアウトできていることに驚愕しているのだ。
外部から何者かがやってくるのだ。鈍く光る銃口が光へと向けられる。
光から何かが飛び出した。その何かを目指し光線が照射される。光線は、その何かにぶつかり――すり抜けていった。
人ではない――人型の光。
光は、先ほどまで涼子たちと先頭を走っていたライバルの一人ジャミング装置が起動する直前にワープして、そのまま姿を見せなくなった少女にそっくりであった。――人間とは思えないほどの輝きを放っていたが、その人に間違いなかった。
少女は、テロリストの方へと向かっていって、くるくると周囲を回る。テロリストの体に入ったり出たり。そのたびにテロリストたちはあたふたとし、殴りかかる。その拳は少女を貫通した。少女から干渉できないようにテロリストからも干渉できないのだ。
テロリストたちが動揺している間に、光が脈動する。
今度こそ、光から人間が飛び出す。
「うわわわわっ!?」
飛び出してきたというより転がり出てきたのは、涼子にとって見慣れた人物。いっそ憎らしいとまで思ってしまう後輩。
光から飛び出してきたのは、テルだった。
「あなたがどうして」
「先輩のことが心配で」
頭を掻きながら言うテルを見ていると、無性に怒りが湧いてきた。
「こっちにはテロリストがいるのよ! 心配だからって来るなバカ!」
「ば、バカって何ですか。バカっていう方がバカなんですよっ」
ばーかばーかと互いに言い合いをしていると、テロリストたちは、光をたたえた少女が無害なことに気が付いたらしい。光へと向けられていた銃口はやってきたテルへと向いた。
「お前は誰だ」
「わ、わたしは――」銃口に驚きながらも、その目はテロリストをしかと見つめている。「涼子先輩の後輩ですっ」
「いや、そういうことを聞いているのではないと思うわ」
「そ、そうなんですか?」
訊ねられたテロリストは困惑しているようだった。テルの口にした問いかけはあまりにも場違いで、涼子は脱力してしまいそうになる。恐らくは、この場にいた全員が涼子と同じ気持ちだろう。
テロリストはハッと我に返り銃を構え直す。
空気はややほんわかとしたものの、危険なことに変わりない。
「どうすんのよ。この状況!」
「その、わたしも心配になって来ただけで具体的な方法は何も」
「無計画にもほどがあるでしょ!? あなたなんかバカじゃなくて大バカよ!」
銃口を向けられているにもかかわらず、そのような言い合いをする涼子とテルの周囲を、光がくるくる回る。顔を見比べ、テルへと入り込む。
「え!? ちょっ」
制止の声を上げるが、光は少女の形を失って、完全にテルの中へと溶け込んでいった。
変化は突然現れた。
シューズが光を放つ。少女と同じ七色の光が伸びていき、羽根を形づくる。
「声が聞こえる……」
「何言っているんだ。声なんかしないわ」
「ワープを自由に使える? わ、わかった」
テルは誰かと話をしていたが、涼子から見れば、話し相手はどこにもいない。先ほどの現象を考慮するならば、体の中に入っていった少女と話をしていることになるが、そんなことがあり得るのだろうか。
涼子にはわからなかったが、テルのシューズからあふれているエネルギーはすさまじいものがある。
話し終えたテルが、涼子の方を向く。
「……何よ」
「こ、怖いので手をつないでもいいですか」
「怖いって、銃にはビビッてなかったくせに?」
「存在がなくなってしまうかもって、あの子が。あ、えっと、可能性は低いらしいんですけど、エネルギーが強いとか何とかで。ダメだったらいいんですけど……」
「いいわよ」
「本当ですかっ」
手を差し出すと、ぎゅっと握りしめられる。宇宙服越しだから、熱は伝わってこない。だが、その嬉しそうな表情を、はじけるような声を聞いていると涼子の体は熱くなる。
「……何をのんきなことをやってるんだか」
「何か言いました?」
「何でもない! さっさとやって。いつ撃たれるかわからないんだから」
テロリストたちは、目の前で起きていることに困惑しているようであった。今のテルは、どこか女神を思わせる雰囲気があった。だが、それは見た目だけで、我を取り戻せば撃たれるに決まっている。
テルが手を向ける。
それだけで、すべては終わった。
光がテルを包み込んだかと思うと、テルの形をした光が、テロリストへと向かっていく。テロリストを取り囲んだ光は、ぐるぐるぐるぐる周囲を取り囲むように走り、不意に消えた。そこにはもう、テロリストたちの姿はなかった。
後日。
テルは幸いにも消えてなくなることはなかった。だが、不幸にも、体が虹色に発光するようになってしまった。
当然、入院することになった。
「元気なんですけど」
「元気ってたって、あなた、すごいことになってるわよ」
ベットに横になっていたテルは、どこか不満げな顔をしている。その体からは七色の光が、ネオンのようにあふれており、真っ白な病室をカラフルに色付かせている。EDMが流れていたら病室ではなく、クラブかと錯覚してしまいそうだ。
「でも、よかったです。わたしが光るくらいで済んで」
「光るくらいって」
「先輩の方が大切ですから」
にこりと笑ってテルが言う。言葉には純粋な感情が込められていた。
だからこそ、涼子は怖くなる。
――自分のためなら、何でもするのではないか。
そんなことはないだろうとは思っていても、はじめて向けられた好意だから、余計な心配をしてしまう。もしかして、何か裏があるのではないか――。
手が温かいものに包まれる。見れば、手が握られていた。
「怖い顔しないでください」
考えていたことが、いいことも悪いこともすべて吹き飛んだ。手を握られているという事実が、涼子の頭を埋め尽くした。赤いライトが点灯し、アラートが鳴り響く。このままでは熱暴走を起こしてしまうと。
でも、振り払うことはできなかった。ただじっと、石像のようにその場に立ち尽くす。そんな涼子の手はにぎにぎと揉みしだかれる。
「落ち着きました?」
「お、落ち着いてるわよ。いつだって私は。それより、あなた、覚悟しなさいよ」
「か、覚悟!?」
「そうよ。あの時の走り見たけれど、ひどいものだったじゃない。私と一緒に走るつもりなら、フォームくらいしっかりしなさい」
「それってつまり、わたしのフォームを?」
「まあ、そのくらいならやってあげてもいいわ」
「あ、ありがとうございます!」
「ちょっと! 抱きつかないでっ。光が眩しいからっ!」
テルのことを押しのけようとしながらも、その手は、彼女を逃がさないようにしっかりと握っていた。
少女たちは走る、彼方のゴール目指して 藤原くう @erevestakiba
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます