第14話 ゴミアイテム



『ビョヲォォォオ』


 地面の中から断末魔が聞こえるというのも珍しい体験だ。

 草枯らしの薬を水に混ぜて撒いた。

 染み込んだ地面から、少し遅れてひどく情けない悲鳴のようなものが響く。


 土にひびが入ったかと思うと盛り上がり、土の中から両手で抱えるほどの根っこの塊が這い出してきた。

 植物系のモンスターだけど動けるらしい。

 根っこをうねらせて地面まで這い出してきたところに、アイヴァンがさらに濃密な除草薬の原液を振りかける。


「ビャハァァ、あ……」


 しばらくのたうち回って、そのうち動きが弱まり動かなくなった。

 見ていたら、すぐに体が泥のように崩れていく。柱に残っていた蔦も同じように。



「ふん」

「これで当分は問題ないだろ」

「穴の中にあったわよ」


 根っこが這い出してきた穴に手を突っ込んだジエゴが、小さな木箱を引っ張り出した。


「せめてこれくらいなきゃやってらんないわね」

「中身は?」

「ちょっと待ってね」


 泥を払いのけ木箱を開けるジエゴと、他三人も覗き込む。

 宝箱というにはかなり汚いけれど、領域ボスが隠していた木箱。気にならないわけがない。



「明り玉と、これは薬の凡玉っぽいわね。あとは金粒と壁破り」

「ボスのくせにシケたもんだな」

「大した力はなかった。こんなものだろう」


 期待外れというモーリッツと対照的に、アイヴァンは妥当なところだと評価した。

 ルフスには価値が判断できない。

 薬の凡玉はある程度の金になると言っていたが、割に合うほどでもないのだと雰囲気で察する。


 黄色と朱色の間くらいの明り玉。青みがかった緑色の凡玉が薬だろう。

 金粒はそのまんま。小指の爪くらいの大きさの金の粒。


 それと、なぜだか瓶に入った赤い液体……なのか、赤い煙のようにも見えるなにか。

 壁破りと呼んでいたのがこの赤い瓶だと思うけれど。



「聖水作るのに聖塩せいえん使って、霊石れいせきも使ったよな。これじゃまだ赤字だ」

「やっぱり十層まででも情報を買っておけばよかったのよ」

「今更言っても仕方がない」


 聖水を振りまく時に使った白い塊は、どうやら塩だったらしい。名前からして清められた塩の塊。

 霊石というのは、光の結界みたいなのを張った時の石。

 使い切りの道具でも安くない。


 敵の正体を知らなかったから無駄に道具を使ってしまって赤字になった。

 ボスの木箱で多少は取り戻したけれど、まだ足りない。

 先に情報を買っておけばよかったが結果論。



「しゃあねえな。このまま十一層の様子を見にいくぜ」

「ああ、ルフス。しまっておいてくれ」

「わかった」


 先に進むとモーリッツが言えばそうするしかない。

 赤字のまま帰っても何もならない。

 ルフスの借金は減らず、モーリッツたちもくたびれもうけ。


 とりあえず今は手に入れたアイテムを収納して次へ――



「これはどうするの? 壁破り?」

「あー、そいつはいい」


 地面に残されていた赤い瓶を手に取ったルフスに、モーリッツがやや慌て気味に手を振った。

 ジエゴも、ルフスに落ち着くように手の平を向けて、


「落っことしたり割ったりしないでね」

「う、ん?」


 言われると、なんだか落としそうになる。

 ぎゅっと握ったルフスの手首をアイヴァンが掴み、反対の手で赤い瓶を抜き取った。


「これはいらん。無用だ」

「使い道がないどころか厄介なアイテムだからな」

「厄介?」


 そのままそっと、ごつごつした岩の柱の隙間に赤い瓶を置いた。

 強風が吹いたりしない限り落ちないだろう隙間に。


「壁破りって言ってな」


 軽く肩を竦めるモーリッツ。


「割った奴を別のパーティの……同時期に同じダンジョンを探索してる連中のところに送り込むんだ」

「パリーンって割れる音を響かせてね。来たらすぐわかるもんなの」

「まず大抵、ロクなことにならん」


 同じダンジョンを探索している別のパーティ。

 別々の夢を見ているみたいに遭遇することがない相手。

 絶対に鉢合わせないわけではないと言っていた。


 壁破り。

 この赤い瓶を割った人間は別の探索者パーティの世界に入り込む。

 しかしロクなことにはならない。


「信用できる仲間と命がけで探索やってる時に、誰ともわからん奴が横から入ってきたら誰だって警戒する」

「人の畑に入ってくるようなことなんだね」

「殺されても文句言えねえだろ」

「だから使わないのが不文律。まともな探索者なら使わないもんなのよ」


 他人の縄張りに侵入する行為。なるほど。

 今うっかりルフスが落として割ったりすれば、ルフスはコソ泥か強盗扱いで殺されていたかもしれない。


「どうしようもなく追い詰められているか、他人の稼ぎを奪おうとする奴くらいだ。どちらも危険な他人だ」

「そう……最初から横取りしようって悪党が買ったりしないの?」

「おぉ、悪いこと考えるじゃねえかルフス」

「持ち帰ろうとしてもそれ、ダンジョン出ると消えちゃうのよ。ただのゴミ」

「どのパーティの世界に入るともわからん。手に負えない深層に出るかもしれんし、探索者ごっこの素人が一層、二層を回っているあたりかもしれん」


 使い道がないとは言い切れない。

 略奪目的で使用する人間もいるのではないかと考えたが、持ち帰ることもできない。

 本当にただのゴミだ。厄介なゴミ。



「ダンジョン内じゃ何があっても表にはわからねえ。仮に今、お前みたいなのが飛び込んでくるようなら、容赦なく殺して荷物を奪うぜ。可愛い女の子なら考えるけどな」

「そっちの方が危ないでしょうが」

「確実に罠だ」


 入り込んできたのが可愛い女の子だったなら。

 男ならまず殺意が鈍る。

 壁破りなどを使う人間なら、そういう心理も計算して使うのだろう。真っ当な探索者なら普通使わない。


「……ほんと、ロクでもないアイテムだね」

「そう言った」


 アイヴァンの言葉に深く頷いてから、次に進むために荷物を背負い直した。



  ◆   ◇   ◆

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