第13話 苦汁



「花だ!」


 ただの直感、だたの思いつきだけれど、他に思い当たることがなかった。

 部屋のあちこちで天井を支えている岩の柱。それに巻き付く蔦に咲く花。

 白い花弁になまめかしい紫の縁取りの。


 進む途中、ゴブリンの体で潰れた花があった。

 その花の周辺のゴブリンだけ動いていない。死に損なって痙攣していたりするけれど、襲い掛かってこない。

 ついさっきジエゴがゴブリンを叩きつけた柱の方はどうか。

 花が散っていた周辺。その近くのゴブリンたちも、ガクガクと妙な動きをしながら崩れ落ちる。



「花だ、モーリッツ! 花がゴブリンを操ってる!」

「なにぃ?」

「そうゆうことね」


 聞き返したモーリッツと、すぐ理解を示したジエゴ。

 次に襲ってきたゴブリンをメイスで潰すと、べっとりと血が着いたそれで手近の花を続けて叩く。

 一つの柱に多くの花はない。二つか三つ。それぞれ別方向を向いて咲いていた。

 花が見ている方向の近くのゴブリンを動かしているのではないか。


「光の結界も聖水も効き目がないわけだわ。ほんっと、いやになっちゃうわね!」

「そうとわかりゃあな!」


 種がわかれば襲ってくるのは青ゴブリンの群れに過ぎない。

 どれもこれも酩酊しているのか、傷は気にしないようだが動きが単調。ただ命令に従って突っ込んでくるだけ。

 熟練の探索者であるモーリッツ達にとって大きな脅威ではない。

 終わりが見えない状況ではなくなり、一気に動きが良くなった。


「このクソ花ぜんぶむしってやるまで、アイヴァンはルフスを守っとけ!」

「わかった」

「ぬぉらぁぁ!」


 気合を入れ直して突進するモーリッツと、それに続くジエゴ。

 手堅く進む戦い方からケリをつけるモードに変容する。

 鬱憤を晴らすかのように次々と柱の花をむしり取り、踏みにじっていった。



  ◆   ◇   ◆



 数十の柱の花がなくなると、まだ肉体に大きな損傷のない青ゴブリンも全て倒れた。

 びくびくと痙攣して、よだれを流し、そのうち目鼻から何か変な汁を流して事切れる。

 元々死んでいたわけではなく、花から何か強い薬のようなものを与えられていたのだろうとジエゴが言っていた。


 モンスターを操り人形にする花。

 花に限らずそういう系統のモンスターがいる報告もあるそうで、今回がちょうどそれだった。

 花粉や蜜などに薬のようなものが混じっているのだと思う。

 中には人間に効果が及ぶものもあるそうだが。


「あー、こいつのせいで部屋ん中はムズムズしたわけか」

「そうみたいね。本当にいやらしい敵だわ」

「むずむず?」


 ルフスの疑問に、モーリッツはジエゴの股間を指さした。

 指されたジエゴの方が、わざとらしく内股になってくねってみせる。おっさんなので色気も何もないけれど。


「あ……」


 花を見た時に、急に娼婦だとかを思い出したのだった。

 性欲だとか欲求を刺激する臭いみたいなものを発していたのかもしれない。

 誘われてふらふらと近づくと、ゴブリンたちのように操り人形になってしまうのか。



「部屋の外まで追ってこないのは操れる範囲外だからだろう」

「先にここ探索してる連中は当然知ってるんだわな。教えてくれる義理もねえにしてもよ」

「でもそれで誰か死んだら……」

「探索者にとっちゃ他の連中なんて敵と変わらん。競争相手が減れば採取したモンの価値が上がるってもんだ」


 探索者が少なければ、町に持ち帰るダンジョン由来の物資も減る。高く売れる。

 どういうモンスターがいるのか情報があっても、親切に教えて回る必要はない。


「モンスターと同等以上に警戒するのが同業者ってことだぜ」

「全員がそうではないが、それが基本だ」

「自分らがかかった罠だったら他の連中も引っかかればいいってね。それも人間でしょ」


 確かにそうだ。


 他の人間の苦労、不幸を楽しむのも人間らしい。


「探針大連盟に情報提供すりゃいくらかもらえる。複数のパーティから同じ報告がなけりゃ認められねえけど」

「有益な情報と認められれば追加報酬も出ることがある。向かうダンジョンの情報を買うこともできる」

「ここみたいにまだ見つかって日が浅いダンジョンだと大した情報はないのよね」


 情報を共有する仕組みもあるらしい。

 ただ、なんにしても金、金。

 秘宝や物品以外に知識も取引材料になる。


「大連盟の支部に行けば、近隣のダンジョンのどこまでの情報が買えるか掲示されている」

「おおよその信頼度もね。深層の情報ほど不正確だったりするから」

「このクソ花の情報も売ってるはずだぜ。大して役に立たねえと思って気にしなかったけどな」


 モーリッツ達にとっては、苦労はしても対処できる程度だと判断した。

 変則的なモンスターだったから思わぬ苦戦を強いられて、こんなことなら情報を買っておけばよかったと。

 後悔なんてそんなものだ。



「休憩したら次を見に行くぞ」

「ここの敵は全滅させなくていいの?」

「全滅してんだろ」


 花を潰し終えて、操られていたモンスターたちは息絶えた。

 モーリッツはもう一度周囲を見回して、部屋の奥にあった下に進む道を顎で指すけれど。


「そうじゃあなくって、さ」


 アイヴァンの傷はもう平気そうだった。

 破れた服を当て布で縛って、足取りはしっかりしている。

 ここでの用事は済んだから次に進む。



「この領域ボス? って、花なんでしょ?」

「だろ?」

「だったらちゃんと――」


 背負っている荷物から、薄緑の凡玉ぼんぎょくを取り出して手の平で転がした。


「根っこまで枯らしていこうよ」

「……はっ」


 モーリッツが意地の悪い笑みを浮かべる。

 ジエゴは、すうっと目を細めて一つの柱を見定める。


「そういえば火食い芋虫が守ろうとしていた柱があったわね」

「ルフスとモーリッツが松明の話をした直後だった」


 魔法使いがいれば焼き払えるとか、松明で焼くのは時間がかかるとか。

 そんな会話の直後に天井から数匹の火食い芋虫が落ちてきた。

 焼かれては困る場所。たぶん。



「花を全部潰したらゴブリンどもがバタバタ死んで、これで終わりと思うわな。普通」

「本体はぬくぬく地面の下で、また蔦を伸ばしていくってわけ」


 また再度、この領域に戻ってきた時に同じことの繰り返し。

 種はわかっているから対処できるけれど、無駄な時間。無駄な消耗。


「苦汁を飲ませてやろう。存分に」


 火食い芋虫の死体を蹴り転がしたアイヴァンが、草枯らしの凡玉を渡すようルフスに手を伸ばした。



  ◆   ◇   ◆

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