第11話 這い出るものたち
通路の先の明るさに次第に目が慣れていくと、かなり広い空間に出た。
横に広く、天井はさほど高くはない。天井のところどころに隙間があり、光が漏れている。
二十歩くらいの間隔で岩の柱が立っていて、巻き付いた蔦の所々に白い花弁に紫の縁取りをした花を咲かせていた。
ダンジョン内でも明かりがあれば花も咲くのだな、と呑気な感想を抱く。
ヒカリゴケは光っている部分が花なのだろうか。
白地の花びらの周囲が紫。町で見かけた娼婦の化粧に似た艶やかさ。
つい思い出してしまった。金に困らなければ、あの毒々しい色の口紅で愛撫を受けてみたい気もする。そんなことを考えている場合ではないけれど。
「……来るぞ」
「おぉ」
部屋に入ったモーリッツ達に対して、何かのうごめく気配が集中してくる。寄ってくる。
天井から差し込む光でかなり明るいが、敵が地面に伏せていたせいですぐにはわからなかった。
影が差すせいで妙に黒っぽく見える、小柄な――
「ゴブリンだぁ?」
「数が多い」
集団で寝ていたのか、四つん這いで起き上がった姿は見慣れたゴブリンの形をしていた。
ただアイヴァンの言う通り数が多い。ここまでは多くても一度に十匹くらいまでだったのが、数十。もっといるのかもしれないが部屋が広くて把握しきれない。
起き上がる様はゆらりとした動作だったが、こちらを認識してから動きが変化する。
手を着いたまま身構え、そして駆け出す。
「くそっ! こういうのは初めてだぜ!」
「武装はない。ただの青ゴブリンだ」
「っても数が多すぎるわね。
たかるように集まってくるゴブリンの群れに対して、ジエゴが石を三つ投げた。神殿で買う白い清め石。
石に囲まれた場所に淡い光が広がる。モンスターが忌避し足を怯ませる光の奇跡。
わずかに嫌がるような素振りを見せたゴブリンたちだが、構わず襲ってきた。
「効きが悪ぃぜ!」
「ここが明るすぎるせいかしら、ねっ!」
「モーリッツ左!」
「おうよ!」
元から部屋が明るいせいなのか、光の奇跡はあまり有効ではなかったようだ。
それでも多少は勢いが削がれた敵の第一波を三人で迎え撃ち、ルフスはその後ろで木盾を構えながら左右に目を走らせる。
開けた場所で敵の数が多い。せめて目で彼らの役に立てるように。
「どこかに親分がいるはず、ねっ!」
「まずは数を減らす」
「だなっ」
入り口付近でゴブリンの群れを迎え撃つ形になった。
敵の全容がわからない。無理にごり押しするのではなく襲ってくる敵に対処する。
ジエゴもアイヴァンも、ルフスに教える為に言葉にしているのだろう。
モンスターの対処は彼らに任せ、自分の身を守りながら敵のリーダーを探すのがルフスの役目。
飛びかかってくるゴブリンに対して殴打武器が振るわれる。
横頭を、肩を、胸骨を潰され払いのけられるゴブリンどもだが、次から次へと湧いてきて際限がない。
怯むこともなく、集まってくるゴブリン。既に十匹以上は潰されているが。
「わからない! リーダーっぽい奴は見えない!」
「あぁ、こっちもだぜ! ルフス!」
横から寄ってきたゴブリンが一匹、ルフスに飛びかかってきた。
だがルフスだって最初の時とは違う。ちゃんと見ていれば、小柄なゴブリンの体格に押し負けることはない。
ごっ、と。
木盾で
「それでいい!」
転がったゴブリンの頭をモーリッツが蹴り飛ばした。
首をひしゃげさせ、近くの石柱にぶつかりながら崩れ落ちたゴブリン。
石柱に巻き付いて咲く花が、黒く濁ったゴブリンの体液がべっとりとへばりついた。
「近くにいない! ようだ!」
「逃げ隠れしてみっともないボスね!」
アイヴァンたちも襲ってくる敵を倒しながら周囲を確認しているが、ボスらしい姿が見えない。
手下を戦わせて、自分は部屋の奥の方に潜んでいるのか。
部屋に入る前に見た幻影が疲れ切った様子だったのはこういう理由だったのだと思う。
「
「それしかなさそうね」
「……あぁ」
モーリッツの判断に対して、アイヴァンの声にいつもの力強さがない。かすかに混じる迷い。
少し様子が違うとは思ったが、確認しているほどルフスに余裕があるわけではない。
下ろしていた背負子を背負い直し、歩を進めるモーリッツ達に続いた。
青ゴブリン。青白い肌で、己の爪と牙で襲ってくる小柄なモンスター。
先ほどアイヴァンが言ったように武装はない。道具を使う知恵がない。
数が多いのはやっかいだが、倒しながら進めばいずれ尽きる。モンスターは無尽蔵に湧いて出るわけではないと言っていた。
こちらの体力が先に尽きる可能性もないわけではないが、モーリッツ達はかなり精強な探索者だ。青ゴブリン程度なら百と相手にしても戦い抜けるスタミナがある。
二十歩ごとの間隔の石柱。入り口から二本目に進むまでに三十近いゴブリンを潰している。
後に続くゴブリンの数も、心なしか少なくなってきたような気がした。
「青ゴブリンばっかりよぉ。ここはゴブリン畑かってな!
「農場主がいるなら文句言ってやらないとね」
「ついでに焼き払ってやりてぇよ、くそっ! こっちは魔法使いいねえってのに」
「松明で焼くのは大変そうだ」
ゴブリンを育てる畑。害にしかならない最悪な農地だろう。
麦のようにゴブリンが成る様子を想像してしまいげんなりする。
焼き払いたい。モーリッツの言う通りだが、残念ながらパーティに魔法使いはいない。
明るい場所なので松明も消して背負子の中だ。
その松明も魔法の道具。数十本分の松明の木が取っ手の中に凝縮されていて、燃えて減ってくると中から次の芯が出てくる仕掛けになっている。とはいえ無駄遣いすることもない。
「他のモンスターも育てていたり?」
「ならせめて金になるヤツにしてほしいとこだな!」
「ドラゴンとか?」
「ふざけろ、すぐ逃げるわ」
会話が出来るのは単調だからだ。
敵の攻撃が単調。同じ青ゴブリンばかり。
だから下らない会話をしながら調子を整える。どこかにボスがいるはず。
「何か――」
ジエゴがゴブリンの顎をメイスでぶん殴りながら叫んだ。
「天井に!」
「おぉっ」
それほど高くない天井。とはいえ手を伸ばして届くような高さでもないが。
少し先、三本目の石柱辺りの天井から何かが落ちてきた。
ぼとぼと、と。
「火食い芋虫だぁ?」
天井から七匹、八匹程度の火食い芋虫が落ちてきた。青ゴブリンと同じくらいの大きさの朱色の芋虫。
道中で見た時は朱色に見えたが、ここが明るいせいか赤茶色っぽく見える。
火に集まる習性の芋虫。当然火に強い。
「畑なんて言ったからじゃないの。ボスじゃなさそうね」
「俺じゃねえ、ルフスだろ」
言い出したのはモーリッツだったじゃないか、と反論しようかと思った瞬間。
左斜め前にいたアイヴァンが、ルフスに向けて突進してきた。
「っ!?」
「どけ!」
背負子を振り回すように回転してアイヴァンを躱しながら後ろを向くと、背後から襲ってきたゴブリンにアイヴァンの鉄盾が激突するのが見えた。
回り込まれた。注意はしていたつもりだったが。
「モーリッツ、何かおかしい!」
「あぁ?」
「弱すぎる! 十層まで来る探索者が、ゴブリンの群れ程度で疲れ切るとは思えん!」
「だからボスが……」
ここに入る前に見た幻影。疲労困憊で逃げ出してきたような様子だった。
あの探索者も十層まで到達する実力があった。確認しようもないが、モーリッツ達と同等以上の実力があったかもしれない。
少なくとも青ゴブリン程度を相手に敗走するほど未熟だったとは考えにくい。
かなり危険なボスモンスターがいてそのせいで?
「それだけのボスがいるにしては気配がなさすぎる! 妙だ!」
「そんな感じもするぜ」
「後ろから湧いてきてるよ!」
「んなぁ?」
振り向いたルフスと後ろを守るアイヴァン。
進んできた元の入り口側から、青ゴブリンがまたぞろぞろと――
「いや、湧いたわけではない」
苦虫を噛み潰したようなアイヴァンの声。
後ろに回り込まれることは用心していた。
もっとも、青ゴブリンは知能が低く人間を見つけたら単調に襲ってくるだけ。
だったはず。
「ベ。エェ……」
後ろからゆらりと迫ってくるゴブリンの口から、よだれなのか血なのかわからないものが垂れ落ちる。
その右肩は潰れ、左手と両足だけで。
すぐ後ろには、胸が明らかに陥没した青ゴブリンの姿もあった。
肺も臓器も潰れているはず。死んでいるはずなのに。
「……ゴブリンゾンビかよ」
「ちょっと固かったのはこのせいかしらね」
倒したはずのゴブリンが立ち上がり、入り口側を塞ぐ。
前方からはまた補充されるようにゴブリンと、他の雑多なモンスターの群れが寄ってくる。
囲まれて戦う場合は全方位に注意がいる。たとえ弱い相手でも神経をすり減らし疲労の蓄積が格段に増す。
あの幻影が疲弊していた理由はわかったけれど、まんまと同じ状況に陥る前に知っておきたかったものだ。
◆ ◇ ◆
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