第10話 疲労する幻



「思ったより順調だな」

「早すぎる。嫌な感じだ」

「どうかしらね」


 五層を過ぎてからまた十数日。

 先に言われたように洞窟の中なので正確な時間がわからない。

 大抵、自分が感じる以上の時間が過ぎているものらしい。


 十層はそこまでの階より明らかに狭かった。半日もかからず行ける範囲の探索を終えてしまう。

 ただひとつ、妙に明るい通路の先を除いて。

 奥が明るすぎて先が見えない。


「たぶんだけど」


 アイヴァンはトラブルが無さ過ぎて落ち着かないようで慎重な言葉を口にする。彼らしい意見だと思う。

 ルフスはここまでずっと後ろからモーリッツ達の動きを見てきた。だからわかることもある。


「ここまで出たモンスターは、三人よりだいぶ弱い……格下なんだよ。たぶん」

「油断は命取りだ」

「そう言いなさんなってアイヴァン。安全マージン取ってやってるのも本当でしょ」

「油断したら青ゴブリン相手だって死ぬこともあるのも事実だ。ま、荷物持ちに褒められんのも悪くねえ」

「別に褒めたわけじゃ……」


 以前に彼らが潜ってきたダンジョンがどうだったのか知らない。

 ただ、経験を積んで以前よりスムースに探索できているはず。だから違和感を覚えるくらいに順調。

 そういうことなのだろう。


 バランスよく実戦で鍛えられたモーリッツ。性格と同じで柔軟に危険に対応する。

 細身で身軽なジエゴは一撃を与えたら深追いしない戦い方。サポートを主として、たまに使う神の奇跡はとても有用だ。治癒だけでなく、モンスターの足を止める光を放つことがあった。


 アイヴァンは頑強。重厚。体つきはモーリッツより少し筋肉質という程度だが、中ぐらいの鉄盾で敵を押し返す。そのまま潰すこともあれば、尖った手甲の先端で止めを刺すこともある。手甲の内側の手は空けていて、腰の道具袋からキノコ灰などを投げつけることもできる。

 ゼロ距離になってしまうと殴るのも難しいから、盾の内側に短いナイフも備え付けていた。押し合う状態から抜いて敵の喉や胸に突き刺すように。


 刃のついた武器も準備しているけれど、主に使うのは殴打系の武器。

 刃毀はこぼれなどの手間が少なく、咄嗟に殴る際に刃の向きを気にする必要もない。ダンジョン探索に実用的だから使っている。

 彼らはダンジョンを進む為に必要な知識と技術をしっかりと持っていて、互いの役割を堅実に遂行する非常に良いパーティだ。

 順調すぎるわけではない。



「十層辺りには大物がいることが多い。これも絶対じゃねえ、いないこともある」

「領域のボスだ。この様子なら間違いなくこの先に――」

「っ!」


 アイヴァンが言いかけた瞬間に緊張が走った。

 光の中から出てきた影――影というより白いもやのようなものに、即座に戦闘姿勢。


「敵!?」


 戦う力のないルフスは危険を感じて後方に下がるが、下がったところで前の三人の肩から力が抜けた。

 身構えた姿勢から、深く息を吐いて自然体に。

 白い靄はそのまま近づいてくるけれど。


「……?」

「ああ、幻影だ。気にしなくていい」

「たまに見ていたら役立つこともあるのよね。本当にたまぁにだけど」

「縦穴を見つけたことがあった」


 白い靄は人の形のようで、足を引きずってボスに向かう通路から離れるとぺたんと座り込んだ。

 疲れ切ったというように。

 そしてふいっと消えてしまう。



「他の探索者の影だ。今この瞬間ってわけじゃねえはずだがな」

「強い想念があるほど色濃く映りやすいという」

「死んじゃったの?」

「そんな感じじゃあなかったかしら。すっごく疲れたみたいだったけど」

「越えられなかったのは確かだな」

「一人だけで?」

「いんや、他にも仲間がいたかもしれん。幻影で見えたのが一人ってだけだ」


 別のパーティの誰かがこの先に進み、越えることができず引き返してきた。

 ダンンジョン内では夢の向こうにいるような何者かの行動が、こんな風に幻影として見えることがあるということか。

 アイヴァンが言ったように、落とし穴などを事前に察知することもできるかもしれない。



「何十年も昔の幻影ということもある」

「親とかの幻影を見たような報告も何例かあるもんだから、縁がある方が出やすいとも言われてるわね」

「ここのダンジョンは見つかってまだ数年だから、そこまで前じゃねえはずだけどな。家族の後を追ってダンジョン探索なんて奴もいる。大抵、ロクな結果にゃならんって話だぜ」


 何十年も前に探索した親の幻影。

 人によっては感慨深いものなんじゃないだろうか。

 少なくとも、ルフスが親兄弟の幻影をここで見ることはないわけだが。


「この向こうに領域ボスがいるのは確実だ」

「らしいな」


 幻影の様子から確信を深めたアイヴァンと、疲れ切って消えた幻影と似たように疲れた相槌を返すモーリッツ。

 仕方ねえと言うように両手で自分の頬をはたいた。


「道具が必要になるかもしれねえからな。ルフス、安全だと思える場所があれば荷物下ろして、後は身を守ってろ。俺らが必要なもん言ったら出してくれ」

「わかった」


 どんな相手で何が必要になるかわからない。

 荷物持ちのルフスにできることもあるかもしれない。まあここに置いていかれたら荷物丸ごと持ち逃げする心配もあるわけだから、共に行動させるのも当然。

 モーリッツの言葉に頷き、ルフスも自分の頬をはたいて気を引き締めた。



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