第8話 くそったれなガラス玉
安全地帯を出る前に荷物の確認をする。
ルフスが背負う
底板と左右は頑丈な板で、背中側を扉のように開いて中身を取り出す。
一番上は探索中に見つけたものを入れておく箱。
一番下は引き出しになっていて、丸いガラス玉のようなものが詰め込まれている。
モーリッツがうっすら水色の玉をひとつ取り出した。
「ジエゴ、替えておけよ」
「はぁい」
玉を渡されたジエゴは、自分が携帯している水筒の底の方をクルクルと捻った。
フタとは逆、水筒の下の方が外れると、水と一緒に取り出したのと同じような玉が転がり落ちる。
見た目は似ているけれど、ずっと小さい。
「なに?」
「水玉よ。途中で拾った中にもあったと思うけど、レベル0の秘宝……秘宝じゃなくて凡玉って呼ぶものね」
「レベル1の水の秘宝は数年の湧き水ほど。レベル2になると大きめの河くらいの水量を供給する」
「で、レベル0は十樽分くらいかしらね。手に入りやすいけど、町だと他に水源もあるから大した価値にはならないもんなの」
水筒の底の方に新しい水玉を収めてから水筒を軽く振る。回す。
今度はフタを開けると、満杯になった水があふれ出した。
「わ」
「底の方が網になってるのよ、これ。かき回すと水が増える感じ」
ジエゴが振ったから底の方で水玉がころころ回り、それで水が増えるらしい。
ルフスの背負子の横にも同じ水筒が据え付けられている。
飲んでも減らない不思議な水筒だと思ったら、こういう理屈だったのか。
「新人クンはいつも驚いてくれて楽しいわぁ」
「アイヴァンも最初は感動してたんだよな、これ」
「驚かせるために教えてないんじゃないの?」
「新鮮で楽しいでしょ、こういうの」
水が湧き出る魔法の水筒ではなくて、簡単な仕組みだと知って驚いた。
アイヴァンはむぅっと口を結んで、それからふんっと笑う。
「宝石を拾っていたのかと思ってたよ」
「知らなけりゃそう思うだろうな」
ついでのように、五層までで拾い集めたガラス玉を選別する。
後回しにしていたが、安全地帯でやっておこうと。
「水の凡玉はどこでも手に入る。探索者や旅行者には便利だが、あんまり珍しくねえから大した金にならん」
薄い水色のガラス玉。
ここまででも三つ拾っていた。一番下の引き出しに移す。
「あー、こいつは光玉……じゃねえな」
「明り玉でしょ」
「違うの?」
「明り玉は活性化させるとしばらく周囲を照らす。光玉は一瞬だけ強く光って目を潰す」
「光玉だとまあまあ高く売れるの。敵に使われたら危険だけどね」
夜中に間近で稲光を見て目がくらんだことがあった。
そういう道具が光玉で、松明の代わりのような道具が明り玉。なるほど。
「明り玉でもな、一本線……レベル1の秘宝ってなりゃ年単位で使えたりするんだ。貴族様のお屋敷でも売れるんだぞ」
「まだ五層なんだからあるわけないでしょうが」
ガラス玉を空にかざして覗き込むモーリッツに、あきれ顔のジエゴ。
ルフスも他のガラス玉を見てみるが、半透明で多少色が違う以外の特徴は見当たらない。
「中に文字が書いてある線が見えたら教えてね」
「それが一本線?」
「二本あれば二本線、レベル2の秘宝ということになる」
「見たことねぇけどな」
十層以下でも、運がよくなければ見つけられない秘宝。
そう簡単に手に入るわけもない。
「十数年やってきてレベル1の秘宝も三個だけだぜ」
「四個だったでしょ」
「あれは数にいれねぇ約束だろ、なあアイヴァン」
「……あぁ」
悪い、と苦々しく続けたアイヴァンの顔を見るが、言いたくない話らしい。
難しい顔をして首を横に振り、
「言わない約束だ」
「別にいいと思うんだけどねぇ、まあそのうち」
「余計なことを言うならジエゴ、お前たちの過去も話す」
「はいはい悪かったわよ。やめやめ」
誰にだって聞かれたくない過去の話はあるものだろう。
気になったが、首を突っ込んでもいいことはなさそうだ。
そのうち機会があればこっそり聞かせてもらおう。
「傷薬……じゃねえな、これ。毒か」
「残念」
手にした薄っすら緑のガラス玉に、反対の手で白い石を当てたモーリッツ。
緑の玉からじゅるりと漏れだした液の臭いを嗅いで、うぇっと顔をしかめた。
その場に玉を置いて小川で手を洗う。
「傷薬系なら売れたんだけど」
「自分たちで使わないの?」
「予備で持っているし、アタシが元気なら治癒できるから。ヒーラーのいないパーティだとそこそこの値段で買ってくれるのよ」
このパーティにはジエゴがいるが、治癒の奇跡が使える人間は多くない。
というか、そんな奇跡が使えるならダンジョン探索なんてやらなくても町でいくらでも仕事が出来るはず。
ジエゴのような探索者でヒーラーなんて珍しいのだ。
「毒の凡玉は捨てるの?」
「メシ代くらいにはなる。荷物が溢れなければ持ち帰る」
「エナジーストーン当てたからしばらく放っておいて。すぐ止まるから」
地面に転がった薄い緑の凡玉。
毒らしいが、それでもいくらかの金にはなるらしい。
玉から漏れ出した液体はもう止まっていて、周りにどろりと染み込んでいく。
「他のも選別しときましょ。珍しいものがあるかも……まあなさそうだけど」
「そうだな」
他に拾っていた凡玉などを整理して、荷物の中の塩と香辛料の量を確認して、腹ごしらえをして。
改めて出発する前に毒の凡玉を拾おうとして気が付いた。
「黄色く……なんだ」
「どうしたルフス?」
「これ、毒っていうか」
小さな凡玉を拾い上げて肩を竦めた。
「草枯らしだよ。案外、畑とかで使い道があるかも」
「おぉ、少しでも高く売れるならいいな」
臭いもルフスの記憶と合致した。
草が生え広がらないように畑の境に撒く草枯らしの類だ。
かなり濃い状態で溢れたらしく、わずかな間に転がった周辺の草を根っこから枯らした。強力な除草剤。
「草枯らし、ねぇ。じゃあ前に見つけたあれって」
「おいやめろジエゴ、思い出させるな」
「そうだな、肥料だったのかもしれん」
「くそっ、お前らやめろ」
「なんの話?」
なんだか面白そうな顔で話すジエゴとアイヴァン。反対に頬を引き攣らせて止めるモーリッツ。
「クソの話だ」
「そうそう、クソな話」
「ちくしょう、お前ら……」
「くそ?」
何を思い出したのか、モーリッツが鼻を擦ってべっと唾を吐く。
「さっきみたいにエナジーストーンを当てたら、あふれ出したクソにリーダーが飲み込まれたことがあったのよ」
「ただのクソだと思って捨てたんだが、あれは堆肥だったのかもしれん」
「俺はもう茶色の凡玉は試さねえ。そう誓った」
農村でも当然肥溜めはあって、哀れなことに落ちる奴もいる。
大抵は柵でちゃんとわかるようにしてあるのだが。
それで溺れたり、数日間嘔吐下痢を続けて死んだりすることもあるから笑い話ではないのだが。
モーリッツはきっと清浄の祝福で清めたのだろうが、記憶までは清められない。
溢れるクソの波に飲み込まれた経験はさぞ悲惨なものだろう。全く想像したくない。
「そいつは確かに、くそな話だね」
「るっせぇ、さっさと行くぞ」
気を遣ったつもりだったのだがお気に召さなかったらしい。
モーリッツがさっさと進んでしまうので、とりあえず緑の凡玉をしまって急いで追いかけた。
◆ ◇ ◆
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