第7話 契機



「俺にも出来るって思ったんだよ」


 言いながら、自分でも言い訳にしか聞こえないと思った。

 実際にただの言い訳だ。誰のせいでもない。


「村で買った果物を町で売るくらいできるって。酒とか穀物は国の許可がいるって言われたけど」

「そりゃあれだ、税とか商組合とかややこしいからな」

「果菜類と違って保存がきく。そういう食料は国が管理しやすい」


 商売に失敗したルフスよりもモーリッツ達の方がずっと詳しい。商取引についてさえ。

 何も知らずに手を出したルフスが失敗したのは必然ということなのだろう。

 安全地帯での休憩時間。なんとなく自分の境遇を話す流れになって振り返ってみて、我ながら情けない。

 背負っていた荷物を見てため息をついた。



「最初はさ、籠を背負って村と都を往復したんだ」

「今みたいに、ね」

「そう、今みたいに。農家の生まれなんだから作物の良し悪しくらいわかる。質のいい物を仕入れて町で売ろうって」


 商売には素人でも農作物に対する知識はある。

 そんな自信もあった。


「売れなかったのか?」

「ううん、違う。売れたんだよ」


 アイヴァンの問いかけに首を振って、情けない笑いが漏れた。


「最初は、ね。二度目も全部売れた」

「そりゃ大したもんだ」

「売れなかったら生きていけないんだから、必死で呼び込んだんだよ。昨日収穫したとびっきりのチェリーだって……とったの五日前だったけど」


 春先の旬のもの。

 王都ササトーシュの住人は農村より金に余裕がある。

 通りがかりにルフスの売り文句を聞き、ひとつ摘まんで上物だと買っていってくれた。


「一人買ってくれたらすぐに……もともと多く仕入れられるような金なんてなかったからさ」

「だろうな」

「二度目に大通りで売ろうとしたら、商家の人がまとめて買ってくれたんだ。全部もらうって」


 ルフスの抱えた籠を丸ごと買いあげた商人。

 仕入れ値の五割増しくらいで買ってくれるというので頷いた。

 順調にうまくいっていると思った。一月で元手が倍になったのだから。



「荷車があればもっと運べると思ったんだよ」

「どこかで借りたの?」

「いや、どうせなら買いたいって言ったら、後払いでいいって言われて中古の荷車を買ったんだよ。この調子ならすぐ返せると思って」

「それで借金か」


 アイヴァンが理解したと頷いた。

 ルフスも頷き、短く息を吐く。


「ちょうど桃の季節だ。たくさん仕入れたいから、その資金も合わせて借りた」

「調子がいい時はそんなもんだ」

「仕入れて運んできたら、今度はなかなか売れないんだよ。上物なのに見向きもしてくれない」


 故郷近隣の農村を回って、特に質のいい桃を仕入れてきた。

 飛び込みで仕入れるのだから少し多めに金を払った。それでも元手を回収できると思い。


「高めの値段で売ろうとした?」

「他の店だって、俺が仕入れたのより悪い桃をもっと高く売っていたんだ」

「ま、桃なんてちょっとお高いものだからね。ササトーシュ辺りだと特に」


 今度はジエゴが皮肉気な笑みで肩を竦める。

 何もわかっていないルフスに、ダメダメと手を振った。



「あんさんが仕入れたのが貴族様が食べるような品だったとしても、荷車いっぱいあったら変だと思われるでしょ」

「それは……」

「行きずりのよそ者が高値で売ってる物。誰だって警戒するもんよ」

「平民には贅沢品の類だ。多く買うものでもない」


 大量の桃を載せた荷車を引いて、王都ササトーシュの西へ東へ売り歩いた。

 けれど一向に減らないまま。


「売れなくて……前に買ってくれた商家に持って行ったんだけど、そんなに大量にいらないって。安く買いたたくようなことを言われた」

「日持ちしない果物なんて、大量に買って余らせても仕方ねえからなぁ」

「腹が立ってそのまま帰ろうとしたんだけど、荷車の車軸が折れて……最初から中古の傷物だったんだ」


 結局、どうしようもなくなった。

 桃は捨て値同然で引き取ってもらって、買った荷車は使い物にならない。

 そうして借金だけが残り、借金のかたとしてルフス自身が金蔵商メッソフタミヤに連れていかれた。



「まあ。そんな感じで」

「若いの騙して借金背負わせるなんて珍しい話でもねえ。女なら娼婦に、男なら鉱山送りってところだな」

「馬鹿だったんだよ」


 ちょっとうまくいって調子に乗って、まんまと馬鹿を見た。

 粗悪品の荷車を売りつけるついでに金を貸し付けられ、人買いのような金蔵商に引き渡された。

 モーリッツの言う通り、どこにでもある話なのだろう。


「鉱山か奴隷船、それかダンジョン探索って言われて選んだんだよ」

「男娼っていうのもあったんでしょ」

「……言われた」

「それだと金持ちの変態に買われて死ぬまで痛めつけられていたかもね」


 ジエゴがなんだか楽しそうに言うので、ルフスの顔が渋面になる。


「鉱山奴隷……ルフスの借金だと三年程度だろう。返済を終えても肺を病んで苦しんだかもしれん」

「奴隷船の漕ぎ手でもな。ロクなメシも食えず続けてると骨がもろくなって折れちまうんだとよ」

「折れたらどうするの?」

「まさかお医者様に診てもらうなんてわけもねえ。海にポイだ」


 どれも悲惨な先行きしかなかった。

 進んでやりたがる人間がいるわけもない。

 大昔のように国内で奴隷狩りのようなことは許されていないから、借金奴隷か犯罪奴隷のような人間が送られる苦役。



「奴隷は反抗しないように足枷をされているが、空腹と疲れでそんな気もおきないらしい」

「最悪だよ、ほんと。俺はダンジョン探索選んでよかった」

「うん? あー、まぁ……」


 嫌な溜め息ばかりが続いた後で、マシな現状に安堵の笑みが漏れた。

 そんなルフスにモーリッツは歯切れの悪い相槌を返す。


「変なこと言った?」

「変っつーか、な」

「ダンジョン探索も大差ない。場合によってはもっと悪いこともある」

「最初にあんさんが心配したみたいに、モンスターの巣穴に餌として突き落とされたりね」


 餌として。囮として。

 道具として死地に放り込まれる。

 鉱山や奴隷船とは違う非道な扱い。


「俺らはいくらか金蔵商にお前を借りる金を払っているが、お前の借金を請け負っているわけじゃあない」

「そう……そう聞いてるけど」

「お前が死んでも返済する必要はねえ。たとえば、お前を囮にして手に入る何かが、お前を借りた金よりいいってなったら?」


 ルフスの手を借りる為に金を払った。

 だが、ルフスの命を捨て札にしてもっと価値のあるものが手に入るならどうする?

 つまりはそういう話だ。


「……」

「心配することはない」


 言葉が出てこないルフスを見かねてアイヴァンが言葉を接ぐ。

 なぜ、どうして。

 損得で考えれば切り捨てた方がいい場面が、今後ないとは言い切れないのに。


「俺たちもお前と同じだったからだ。ルフス」

「……同じ?」

「借金背負って探索者になるしかなかったってな。だから言ってるだろ、珍しい話でもねえって」



 借金を抱え、その返済の為にダンジョン探索に潜ることになった。

 今のルフスの境遇と、アイヴァンやモーリッツも同じだと。


「だぁから、見捨ててらんないのよ。感傷ってやつ」

「お前がよっぽどムカつく奴なら見捨てていくのもいいんだが、そうでもねえからな」

「あ……あぁ」


 自分の過去と同じ。

 だから手助けをしてくれる。

 そう言われてみれば、なんだか妙に納得いく話だった。


「それで……だからモーリッツ達は、俺に……俺なんかに」

「つっても足手まといでムカついたらその限りじゃねえぞ。お前は仲間ってわけじゃねえんだからな」

「借金返すまで真面目に頑張んなさいってリーダーは言いたいわけよ、これ」


 星付きステルラと呼ばれる英雄でもない彼らがなぜ探索者になったのか。

 どうして見ず知らずのルフスに親切にしてくれるのか。

 それらの理由がまとめてわかって、腹の奥で引っかかっていた何かがするっと抜けた感じがする。


「借金奴隷を使い潰すパーティも少なくない。むしろその方が多いと聞く」

「うちはほら、前回のヨナタンの完全返済もあるからよ。銀縁眼鏡ちゃんにも覚えが良かったんだろうぜ」

「ヨナタンがあのまま探索者になるって言ってたら募集してなかったんだけどね」


 ルフスの前任者。やはり同じ境遇で荷物持ちをやっていたというヨナタン。

 直近でそのヨナタンが負債を全部返してパーティを抜けた。だからそこにルフスが収まった。

 なんというか、実にタイミングがいい。

 これも女神の導きなのかもしれない。



「他のパーティじゃなくてよかった……」

「そうそう、それが正解。うちの集まりがちょっと特殊なんだから」

「美女パーティに入るってのも悪くはねえと思うけどな」


 また混ぜっ返すようなことを言うモーリッツだが、ルフスにも何となくわかってきた。

 照れ隠しなのだろう。

 アイヴァンは黙って水を飲み、ジエゴは小さく笑っている。


「美女パーティなんてあるわけないじゃんか」

「そうは言うけどなルフス。混合パーティなんてほとんどないんだぞ。女なら女だけで仲間を組む」

「そうなの?」

「男女関係は面倒なことが多いのよ。わかるでしょ?」


 モーリッツ達は男ばかり。

 他のパーティも大抵は同性で組むのが普通らしい。

 確かに、若い年齢の男女が一緒にいれば余計な面倒も増えそうだ。


「有名なのだと、星付きステルラの女三人のパーティがいるんだっけか?」

「最近、四人目が入ったって聞いたわよ。星付きの」

「信じられんがな」


 一緒にダンジョンに潜って、同じ時間を過ごしてみて思う。

 こういう仲間だったら、借金返済後もダンジョン探索者を続けてみてもいいんじゃないかと。

 ヨナタンとやらは、そうは思わなかったのだろうか。

 いつかどこかで会う機会があれば聞いてみたいものだ。



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