第5話 宝の道
「湿っぽい部屋ってだけだったな」
「一層の隠し部屋なんて大したものがあるわけないでしょうよ」
気を取り直して改めて探索を始める。
その前に、ルフスが隠れていた場所までの簡単な地図をアイヴァンが書きこんでいた。
入り口付近には目印を打ち込んであると言う。
帰り道もあるのだから地図作成は当然のことだ。
他の探索者が地図を売ることもあるそうだが、嘘も混じっているから買わないと言う。
――俺らが潜った時はそうだったんだよ。
そんな風に言われてしまえば事実かどうかもわからない。
ルフスが逃げ込んだ隠し部屋には特に何もなかった。
ジメジメした空間というだけ。
「下の方に行かないといい秘宝ってないの?」
「一本線……レベル1の秘宝が十層より先。レベル3になれば三十層以降でしか見つかった報告はないって話ね」
「それだって運が良ければの話だからな」
ジエゴ達の説明を聞きながら松明で周囲を照らす。
ところどころにヒカリゴケが群生しているが、松明の明かりの方が強い。決して十分な明るさではないので横穴など見落としてしまいそうだ。
モーリッツ達からの指示を受け、入念に調べているのだが。
「この辺にお宝はないんだよね?」
「一番大事なモンがあるだろ」
秘宝などが見つかるわけでもない場所。一層。
なぜ手間をかけるのかと口からこぼれた疑問に、モーリッツが軽く笑った。
親指で自分の胸を指して、それからルフスのことも指差す。
「何度か探索するにしても帰りに必ず通るんだ。てめぇの命を運任せにしたいならさっさと進むさ」
「お互い運がいい方じゃないでしょ」
「ああ」
帰り道の確保。確認。
当たり前の地道な作業だった。
「ギリギリで逃げ帰ることもあり得る。敵の数も減らしておきたい」
「そう、だね」
言っている間にも、進行方向からカサカサと物音が聞こえてきた。
数人が横並びでも歩ける通路の先。モンスターの気配に、ルフスは松明を左の壁に立てかけて少し下がる。モーリッツ達もその松明より後ろに。
転々と群生するヒカリゴケ程度ではよく見えない。明りを確保して戦う準備だと教えられた。
狭い場所でならまた別の戦法を選ぶ。
帰り道の安全の為だけではなく、初めてのルフスへの指導も兼ねて入念に探索しているのかもしれない。
「グィッヒィ!」
「ギィィ!」
威嚇らしい声を上げながら近づいてくる青白いゴブリン数体。
静かに忍び寄った方がこっちは困ると思うのだが。
最初に遭遇した時に感じた。人間に対する敵意がやけに強い。野生の獣とは異なるダンジョンのモンスター。
人間を見つけると静かにしていられない性質なのかもしれない。
「盾持って低く構えてなさい」
「うん? わかった」
松明のラインを跳び越えて襲ってきたゴブリンの顎に、モーリッツのこん棒が叩き込まれた。
「ぶべ」
「甘いんだよっ」
「ふんっ」
続けて噛みつこうと駆けてきた別のゴブリンに、アイヴァンが鉄盾を構えて突進した。
避けようとしたゴブリンだが、こん棒と違って広範囲の面。
盾の縁で顔を打たれ、よろけたところでジエゴがメイスを叩き落す。
「ネズミだ!」
「だと思った」
「ブヂュウウゥ!」
アイヴァンが声を上げ、ジエゴが通路の右隅にメイスを叩きつけた。
潰れた悲鳴はネズミのもの。だがその大きさはルフスの膝くらいまである。でかい。
続けざまにジエゴは次のネズミを潰し、アイヴァンがゴブリンを盾で吹き飛ばす。鉄の盾でぶん殴られたゴブリンは転がってピクピク痙攣していた。
「ルフス一匹行ったぞ!」
「っ!」
モーリッツの横をすり抜けルフスに迫る大ネズミが一匹。
ルフスの数歩手前でぐっと縮こまったかと思うと、びょんっと跳ね上がった。
「うおっ」
「ジュァ!」
あらかじめ低く構えていた木盾で受け止めるが、想像以上に重い。
普通に立っていたら、背中の荷物の重みと合わせてひっくり返っていたかもしれない。
ジエゴに言われて重心を落としていた為、その突進を受けても転んだりせずに済んだ。
「それでいいぜ」
「うんっ」
防がれて前に落ちた大ネズミをモーリッツが蹴り飛ばす。
つま先とかかとが金属で補強されたモーリッツの靴がネズミの腹にめり込むと、骨やらが砕ける音も聞こえた。
壁にぶつかる前に大ネズミは絶命していたのだろう。断末魔もなかった。
「そのまま構えてろよ」
「わかった」
モーリッツに答えて地面を踏み直して構えるルフスだったが、それからモンスターが抜けてくることはなかった。
そのまま一層をくまなく探索しながら遭遇するモンスターを排除していく。主にゴブリンや大ネズミ。
アイヴァンの口調と同じく淡々とした作業のように。
今は余裕があるからいいが、疲れ切ったところでモンスターの群れなど出くわしたくない。
「先に倒しておけば帰りは楽になるってわけか」
「別に湧いて出てくるわけじゃないからな」
「湧いて出てくるって噂もあるのよね。全滅させたはずなのに一年も過ぎるとまた増えてるって」
あぁほら、とジエゴがルフスに先を促した。
先を見るとゴブリンの死骸がいくつか。
「最初のところね、ここ」
ぐるりと探索している間に元の場所に戻ってきていたらしい。
ルフスの松明に照らされ、青白い肌がぬるりと光る。
頭と腹がおかしなバランスに感じるほどでかい。腕は細く指と爪は妙に長い生き物。
「飲み込まれかけてるでしょ、それ」
「え? あ、本当だ」
倒れたゴブリンが、わずかに地面にめり込んでいる。
まるでダンジョンに食われるように。
「数日ですっかり消えちゃうの。素材とか肉とか取るならその前にやるもんね」
「に、く……?」
「ゴブリンの肉は食うのはどうしようもない時だわな。贅沢は言ってられねぇ」
青白いゴブリンの肌。
頭と腹以外は痩せていて、骨と皮がほとんどに見える。
いよいよ困ればこれも食べることになるのか。
「青ゴブリンからは金になる物は取れない」
腹の奥からえぐいものが溢れそうになるのを耐えているとアイヴァンが教えてくれた。
青ゴブリンと呼ぶらしい。見たままだけど。
「奴らはダンジョンの最底辺。力が弱く満足なメシにありつけない。血色のいい赤ゴブリンはもっと力が強い」
「同じゴブリンなのに違うんだ」
「生まれつき違うのかどうかは知らん」
モンスターの分布として、強いものが深層に。弱いものが追いやられて浅い層にいるものなのだと。
奥に進むほどエネルギーが満ちているとか。
そんな説明も合わせて聞く。
結局、何度かの休息も挟んで一日以上かけて一層周辺の探索を終えた。
◆ ◇ ◆
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