第3話 夢の境界



「先頭を歩け。急がなくていいから足元をよく見てろよ」

「は……?」


 ダンジョンに入る直前、モーリッツの指示を聞いて耳を疑った。


 【ハーディソンのほとり】

 呼び名の通り、ハーディソンの町近くの湖の脇。

 湖を囲む山々に踏み入っていくと、二日ほどで蔦に覆われた崖の中に石門のような入り口を見つけた。

 ダンジョン探索の恩恵は町にもある。あちこちに目印の看板、石柱などもあってほぼ迷うことはない。


 入る前に休憩を取り、いざ出発する直前になって言われた。

 先頭を歩けと。


「なんっ……なんで?」

「あー、危険はない。最初のところはな」


 囮にされるのか。

 未知の場所に進むのだから危険がないなんてわかるはずがない。

 困惑と怒りを顔に浮かべるルフスに、モーリッツは半笑いで答えるだけ。


「そんなわけ――」

「入ってしばらくの区間はモンスターは出ない。奴らがダンジョンから出てこないのと同じ理由だ」

「そうゆうこと」


 理屈に合わないと言い返そうとするルフスに、アイヴァンが根拠を言葉にする。

 ダンジョンのモンスターはダンジョンから出てこない。それは世間でも常識だ。

 入り口近辺では遭遇しないと言われれば、確かにそうなのだろう。


「だからってなんで俺が」

「できるだけ離れたくないからだ。お前の位置を確認しながら進みたい」

「……?」


 先頭を歩かせるのは、後ろだと見ていられないから。

 離れたくないから先を歩けという。


「予備の道具も何もあんさんが背負っているんだから、見捨てるわけないでしょ」

「それは……」

「少なくない荷物だ。気づいたら離れていたというのは困る」


 言われればそうかもしれない。

 そうかもしれないが、本当かどうかよくわからない。

 もっともらしいことを言ってルフスを騙そうとしているとも考えられる。


「俺らはなるべく身軽に動けるようにしておきたい。その為の荷物持ちがお前だろ」

「……」

「もういっこ、大事な理由がある。歩きながら話してやるから」


 モーリッツが顎でダンジョンの方を指した。


「お前を無駄死にさせるためにこんな手間かけねえって」

「……わかった」


 一緒に飯を食って荷物を預けて、その上でルフスを殺す理由などない。

 自分の価値を頭の中ではかりにかけてみて、自分でも否定できず苦々しく頷いた。



  ◆   ◇   ◆



 ダンジョンの中は、当たり前のことだが平坦な道などではない。

 頭をぶつけるほど低い場所もあれば、天井が見えないほど高い場所も。

 地面に潜ったのに天井が見えないのは不思議だが、そういうものらしい。


 松明を片手に進むルフスの足が、自然と早くなったり遅くなったり。前がよくわからず立ち止まることも。

 後ろに続くモーリッツ達の歩調もルフスに合わせることになる。


「同じダンジョンでも他の冒険者に出くわすことは滅多にないってのは言ったか?」

「聞いたよ」

「学者が言うには、ダンジョンの中は時間だとか世界みたいなのがズレてるって話だ」

「世界?」

「詳しくは俺らにもわからん。時空間? とか言ったか」

「異層空間。それぞれが見ている夢の中みたいなものってね」


 モーリッツの説明を補うジエゴ。

 個別に見ている夢の中。だから他と出会わない。


「ダンジョンが見ている夢の世界に探索者が入っているって考えた方が理解しやすいかも」

「よくわからん区切りがあって、他のパーティと鉢合わせることはない」

「パーティごとに別の夢の世界に入っている、みたいな」


 ジエゴとアイヴァンの続けざまの説明を受けて、なんとなくルフスも理解できた。

 普通の場所とは違うと噂では聞いていたけれど、詳しいことは何も知らなかった。

 横の岩肌っぽい壁に触れてみるが、特にふにゃふにゃしているわけではない。



「そこで大事なのが、ダンジョンの方がどうやってパーティの塊を分けてるのかってことだ」

「お宝が出たって噂が広まると探索者が集まってくるのも珍しい話じゃないから」

「いつも同じものが手に入るわけでもないのにな」


 たくさんの探索者が集まってきて同じダンジョンに入る。

 ダンジョン側がそれらのパーティをどう区別しているのか。


「入り口から途中のどこかにポイントがあるんだと。目印も何もないが、一定時間内に通過した群れをひとまとめにしてるらしい」

「一定時間?」

「ダンジョンによっても違うと言われてる。まあよく言うのは、先頭の奴が通ってから呼吸を五回する程度の時間だな」


 先頭――この場合はルフスが通ってから、普通に呼吸を五回。ゆっくりと十数えるくらいだろうか。

 その間にチェックポイントを通過した集団をひとつのパーティとして数える。


「……それで先を歩けって言ったのか」

「チェックポイントにはモンスターも近寄らない。モンスターがダンジョンを出られない理由もその辺なんだろ」

「そう説明してくれればよかったのに」

「道の向こうがわからなくても進まなきゃならんこともある。腹をくくる訓練だ」


 危険が潜む見知らぬ場所。

 先ほどルフスがそうだったように、足がすくむのも普通だ。

 だが怖いからと立ち止まることが許されないこともある。まあ確かに。


「リーダーはあんさんのビビる顔を面白がってたんだけどね」

「言うなって」


 肝を鍛える為の訓練と納得しかけたが、後の方が本音っぽい。

 思わず半眼になって後ろのモーリッツを睨むが、軽く手を払って前を向けと促された。

 こんな調子だが、ルフスを罠にかけようとかいう悪意は本当にないらしい。ちょっとした意地悪。


「他のパーティと混ぜこぜになるのは面倒だから、探索者同士も距離を空けるのね。逆に、領主サマなんかがたくさんの兵士を送り込もうとしても無駄ってわけ」

「ダンジョンを出てきた探索者からお宝を盗もうとする連中もいるからな。出る時が一番危険だ」

「軍隊で待ち伏せしていた領主が、探索者が使ったレベル1秘宝の大水の濁流で壊滅したって話は有名でしょ。今はどこの国も厳しく禁止してるけど、まあ強奪しようって人間はいつもで湧いてくるもんよ」


 ここに来るまでもダンジョンで気を付けることなどの心構えなどは聞いていた。

 けれど、やはり実地で聞く方が頭に入ってくる。体に染みつくというか。



 説明に気を取られていたルフスの横に、それまで黙っていたアイヴァンがいつの間にか並ぶ。

 追い越す。


「アイヴァン?」

「ここからが本番だ」


 入り口からどれくらい歩いたのだろうか。気が付くと広い場所に出ていた。

 洞窟内の大広間。鍾乳石のような岩肌。ところどころ天井を支えるように柱というか壁が立ち、視界を遮る。

 チェックポイントはもう過ぎたということなのだろう。


「死ぬなよ。死ぬぞ」

「……ぶっ」


 大真面目な調子で注意を促したアイヴァンの言葉に、少し遅れてモーリッツが小さく噴き出した。

 つられて笑ってしまいそうになるのを堪えるのが大変だった。



  ◆   ◇   ◆

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