第30話
アントリオンは、ゴールキックからパスを繋いで、18番で突入を試みる。
守備力はアントリオンの方が優位だった。
さきほどは小海のナイスプレイでパスカットできたが、紙一重のテクニックをずっと続けるわけにはいかない。一度も登用しなかった18番のパラメーターが分からない状況こそが、最大の問題だった。
そして18番はディフェンダーのエースを抜き、ペナルティエリアに食い込む。
小海はL・Rを連打するかのように、センターバックとサイドバックを切り替え、絶妙なスティックの傾きや、細かいボタンの連打でパスラインに合わせようとする。
18番はまたしてもそのままシュートはせずに、サイドへパスを出すと、小海のサイドバックがパスカットに成功した。
ドッと観客が沸き、椎銀が腰を浮かせて座り直す。卓は笑みがこぼれた。
「ヨッシャー! 愛華、速攻でいくよ!」小海は空いている8番にパスを繋げる。
愛華はデジャヴのように8番で攻め立て、一人抜くと、二人目を十分引き付けて、センターへパスを出す。
センターにはカバーがコバンザメのように張り付いているが、お構いなしに愛華はタイミングを合わせてダイレクトシュートを繰り返した。――しかし、ボールはゴール枠内には収まらず、遥か彼方へ。
「ほんとうに……ごめんなさぁい……」
愛華は泣きそうな声で謝るが、卓と小海は諦めないよう激励した。
今度はアントリオンのボールとなり、一気に竜王が不利になる。
すると卓は選手を交代した。パラメータが全く同じ3番と15番を入れ替える。
「えっ⁉ お、お、おっさん! 意味なくね?」確かにパラメーターを知っているプレイヤーにとって、意味のない交代だ。
「間違ったわけじゃない。これで様子を見たい」卓の意図を理解して、小海は唸った。
アントリオンは18番で一方的に攻めることを突如としてやめた。
果たして、18番を一撃でブロックできる選手が現れたのかどうか、アントリオンはオフェンスの配置を変えながら、警戒を強める。
竜王もアントリオンと同じで、一人の補欠はずっと温存していたのだ。推定されているかもしれない不安はあったが、手元のカードは使い切りたかった。
そうこうしているうちに、前半終了のホイッスルが鳴り響く。
――長い闘いだ。
卓はアイノ戦に続く激闘で、頭痛がした。目をつむりながら、小海と愛華に指示を出した。
「俺が思うに、愛華のペナルティエリア外からのダイレクトシュートは効いている。小海も敵の予想以上のいいプレイでボールを奪えている。……二人とも本当に上手い」
「今更それを言うなよな」
小海の言うとおりだなと卓は笑った。
「戦略は拮抗している。二人とも、冷静さを欠くことなく、より速度を上げてほしい」
愛華には多少プレッシャーになると思ったが、きっとこの状況であれば、プラスにしてくれると信じた。
二人とも姉妹のように一緒に頷く。
「了解!」
卓は小海の体調を思ったが、口にすれば小海は嫌がるだけだ。引き締まった空気のまま、後半戦を迎えたかった。
「決勝、後半戦。キック、オフ!!」
後半戦は竜王のキックからスタートする。
相変わらず鉄壁の守りで、アントリオンの守備配置の変更はない。いったんセンターバックにパスをして、オフェンスを剥がすと、センターフォワードにボールを送る。
また繰り返すのか、といった温度感が司会や観客からも伝わる。
センタフォワードは敵陣に走る8番にパスを送り、敵守備を躱すと、またセンターフォワードへ。
無論、アントリオンのディフェンスがべったりと張り付くが、愛華はタイミングを合わせてシュートを放つ。
ボールはゴールキーパーの右上を走った。
「ゴーーーーーーーーール!!」
しばらくの間があって、観客席が地震のように揺れた。
レーザー光線が中空を交差し火柱が上がると、感奮した声援がディレイして届く。
「1対0! まさかの竜王、先・制・点!!」
もはや15番の正確な値を模索している時間はないと、アントリオンは再び18番を使った攻撃を始動させた。
卓は残りタイムに目をやる。なんて長い時間なんだと、不満を抱えながらオフェンスも守備に投入した。
敵のストライカーである18番へ守備を最小限にしたいところだが、未だに測りかねていた。アントリオンは15番以外のパラメーターを知っているはずなので、下手に能力の低い選手で二重防衛線を張ることができない。
卓はアイノ戦のときのように、守備の配置をボールの支配者によって動的に変えるようにした。
小海もそれに反応して、アイノ戦と同じ動きをする。
18番には15と8で防衛する。18番が他の選手にパスをすれば、それに順応する。小海はパスラインを守備範囲内で断絶するように1ミリ単位の調整をし、愛華は猟犬のようにひっきりなしにボールを追った。
「ターーイム、アーーップ!!」
試合終了のホイッスルが鳴り響いた。
卓の見ている画面に試合終了の文字が輝くと、会場全体の照明が真っ白になり観客席を遠くまで見渡せた。
バズーカが鳴ると紙吹雪が舞い散って、その数を超える観客の顔が自分を向いていたことに、改めて卓は驚いた。
しかし実感は湧かなかった。
ひどく疲れたが、アントリオンはもっと手ごたえがあるのかと、卓の中で勝手な妄想を抱いていたのかもしれない。
そして卓はアントリオンの様子を見たときに、椎銀が頭の毛をむしるように項垂れていた。
それを見て初めて、卓はこの大会で優勝したことを実感したのだった。
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