第29話

 入場前、ゲートの裏で静かに息を整えると、小海は高まる鼓動を落ち着かせるように胸に手をあてる。

 小海も愛華も、最後の衣装は制服だった。学校の制服とは違い少しリボンが大きめだが、スカートが薄群青色のいたってシンプルなものだ。


 横に並ぶ二人を見ると、未成年だったことを忘れていた自分に気づく。


 よく決勝の舞台までたどり着いたと、褒めたくなってくるが、そんなことを決戦前に口に出せば怒られるのは目に見えている。それに……誉を胸に抱き、堂々としているさまは、言わずとも伝わっていると卓は思った。


 アントリオンは竜王のあとに入場するため、入場ゲートにはいない。巨大なスクリーンが機械音と共にゆっくり上がると、観客の歓声が一気に広がる。この歓声は、竜王チームだけに向けられたものだった。

 より一層まぶしい光がフラッシュして、上や横のいくつものミラーボールが狂ったように回転する。

 こみなかのファンなのか、小海と愛華の制服に白い光が当たった瞬間、声援は狂暴性をはらんだ。いままでの可憐で煌びやかな女性は、異次元の来訪者などではなく、普通の高校生だったことに、ファンは同調としたわしさを感じているようだった。



 三人は席に着くと、アントリオンの入場となる。

 煙が焚かれ茶色い照明が当てられると、砂塵のように見えた。画面には、砂の映像が表示され、ゆっくりと流砂のごとく回転する。円形の砂を横から見ると、砂時計になり、その中には黒い人影がいくつもあった。

 砂時計の底はなく、砂と一緒に人々は漆黒の闇へと落ちていくのだった。

 なんとも気味の悪いチームPR動画なんだ、と卓は見上げていると、画面がせり上がりアントリオンが登場した。その中の監督――椎銀しぎんに、やはり自然と目が行く。

 椎銀には何の表情もなかった。

 高揚感も気負いもない。まるでコンビニに弁当を買いに行くように、平然と席に座る。

 ――魅力的で気味の悪い男だ。

 それは軽蔑ではなく、むしろ畏れに近い感情だった。


 熱の入った司会がれた喉に鞭打ち、大声でコールする。


「キック、オフ!!」


 アントリオンがボールをキックした。

 敵の選手配置は、竜王の配置に合わせて前回試合から変更されている。

 綺麗な布陣だと卓は思った。

 最低限のパラメーターで竜王の8番をカバーしたディフェンダーのポジションは、守備範囲に無駄がない。それに、アントリオンは補欠の2選手にパラメーターを大きく配分しているのか、トータルでは竜王が高いはずなのに、それを補うように巧みに配置している。


 もちろん、竜王も負けてはいない。小海はアオイ戦の熱量をそのままに、テクニックが光り、アントリオンは攻めあぐねていた。しばらくすると、スタミナの低い選手を囮にして竜王にゆさぶりをかける。


「いまボールをキープしている奴は囮だ。守備の陣形を崩すなよ」卓は二人に伝えれば「了解」とすぐに返ってくる。



 前半も終わりが見えてきたころ、アントリオンが動いた。

 ミッドフィルダーの選手を補欠のセンターフォワード18番と交代する。卓は警戒して、ちらりと椎銀の様子をうかがったが、仕草に乱れはなかった。


「18番はダークホースかもしれない」


「どういうこと?」小海はあいまいな指示が嫌いだ。


「もしかしたら、一番スタミナが高いかもしれない。少し厚くカバーしよう」


 ディフェンダーのエース2番を18番のカバーにまわす。さらに抜かれた場合に、横から割り込みできるよう二重にディフェンダーを置く。

 18番にボールがパスされると、思った通りエース2番とぶつかった。


「おわ! 強い!」2番のスライディングはかわされ、ペナルティエリア内に侵入した。


 しかし、もう一人のディフェンスが近づくと流石に突破はできないと諦め、サイドに上がってきた味方にパスを出した。


「甘いよ!!」小海は選手の位置を微調整しており、パスラインを妨害する。


 一瞬、遠くにいる椎銀の背筋が伸びた。小海のテクニックに多少驚いたようだ。

 パスカットされたボールは竜王が奪い、一気に前線の8番へ送り込まれる。


「よぅし」愛華が顔を叩くかのように気合を入れた。


 センターフォワードから8番にパスをすると、敵のカバーにさっそくぶつかる。

 強引にボールをキープして、ドリブルで上がると、一直線だった敵の守備ラインはうねり、サイドとセンターにカバーが走る。

 なかなか隙は見せてくれないな、卓は取られたあとのことを考え、自陣の守備がなおざりにならないようチェックした。

 8番の前に敵のディフェンダーが寄ってくると、愛華はセンターにボールをパスする。当然のごとく、センターには敵が張り付いているが、そこから愛華は瞬時に選手を切り替えてダイレクトシュートを打った。

 ゴール枠を外し、ボールはゴール後ろの観客席に落ちる。


「うぁああ!! ごめんなさぁい!」愛華が謝ると「全然大丈夫」と小海が明るい声で親指を立てた。観客の落胆も応援に変わる。


 シュートは失敗に終わったが、ダイレクトシュートを打つ間はあるのだなと、卓は前向きにとらえた。

 ペナルティエリア内にボールが入れば、からめ捕られていただろう。まさにアントリオン――蟻地獄なのだが、その圏外ではシュートを打てる。守備力が拮抗している状況であれば、有用な手だと考えた。

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