第28話

 敵のゴールキーパーがボールを持つと、またもや守備ラインは攻めに転じる。一閃の戦法は変更どころか、よりラインを竜王側へ上げて苛烈になった。


 一閃のオフェンスもディフェンスも、ボールを取らせないように守備のパラメーターを計算して攻めている。おそらく一閃チーム三人ともに、竜王のパラメーターを覚えているに違いなかった。

 しかし、卓が操作するディフェンスの配置も目まぐるしく変わるため、ついて行けず、なかなか攻め込めないようだ。


 やがて、後半終了のホイッスルが鳴った。延長戦か――卓は仰ぐように会場の天井を見た。


 今大会初の延長戦に、司会者も少し戸惑い気味だ。会場の観客もざわめき、この場合どうなるのかといった話し声が、大きな一つの気球のように上に集まり、会場の天井付近から降るように音する。


 延長戦を終えて同点の場合は、オンライン公式試合のポイントが加味され、高い方が決勝に進むことになっていた。

 竜王は公式試合のポイント数が一閃より低いため、延長戦で勝たなければいけない。

 延長戦前の少しの休憩で、卓はそのことを二人に伝えた。


「後ろは任せて愛華。隙がでたら勝負してね!」爛々とした目つきで小海は愛華を見つめると、愛華も触発されて目を輝かせた。


 卓はゆっくりと目を閉じて、使い過ぎた視神経を休ませる。やはり年齢のせいなのか、目の奥に鈍い痛みがある。

 卓は頭のなかで、より効率的なディフェンス配置を模索していた。僅かでもリスクを落とせないか、自問自答しながら模擬戦を何度も展開した。


「愛華ちゃん、延長前半最初のキックから一気に点数を決めよう」卓は目を閉じたまま愛華に指示する。


「はい!」愛華に気後れは見られなかった。良くも悪くもだが、アイノ戦の最初のキックを忘れているようだった。



 延長戦開始のホイッスルが鳴る。


「キックオフ!!」


 竜王のセンターがボールを触ると、エースの8番がドリブルをして一気に駆け上がる。

 一閃の守備は薄く、一人目をドリブルで抜くと、二人目が迫ってくる。

 8番はギリギリで逆サイドへパスを出し、ウイングに待機していた11番へボールをつないだ。


「よぅし」卓はぐっと拳を握り締めると、いつもの展開通り、11番がペナルティエリアまで攻め込んだ。


 敵が食いつくが、背後にはエースの8番が駆け込むとそちらに残りの守備が偏る。すると、後ろから刺すように竜王のセンターが迫る。11番はパスを出し、愛華は瞬時にセンターへ切り替えるとシュートを打った。


「ゴーーーーーーーーール!! 2-1で竜王リーーーード!!」


 愛華の得意なスタートダッシュが華麗に決まる。


「やった!!」愛華は小さくガッツポーズをして、小海と卓に笑顔を向ける。


 勝負は決まった――

 卓は延長前半に竜王が入れたゴールを以って、結論付けていた。


「愛華ちゃん、すべての選手で防衛をしよう」


 竜王のオフェンスを加えれば、鉄壁の守備は可能だ。


 ――そして読み通り、延長戦後半でも、一閃は竜王の壁を崩すことができなかった。


「タイムアップ!」


 延長戦終了のホイッスルが鳴る。


 竜王も一閃も、集中力と精神力を使い果たし、ボックスから出てくる足取りはどこか頼りない。


 小海は卓と愛華に手を取られながら、勝者の階段を踏みしめて登る。凱旋門が映し出された画面が吊り上がり、賞賛の拍手に包まれながら三人は門をくぐるように消えた。




 控室で横になる小海に愛華が近づいた。


「小海ちゃん、大丈夫?」


「ヘーキヘーキ。……ゴホッゴホッ」


「繋鳥さんに薬がないか聞いてくる。救護室とか、どこかにあるだろうから」


 卓は控室から出てスタッフが集まる事務室に急いだ。

 ちょうど繋鳥の姿を見つけて駆け寄る。


「すみません! 娘が熱があるみたいで!」


 事情を説明すると、繋鳥はすぐに救護室へ向かった。


「ここにあるのは、これだけです」


 救急箱の中に頓服薬や栄養剤まで入っている。


「これと、これ。持っていっていいですか?」卓が質問するより早く、「必要そうなものは持って行ってください!」と繋鳥は控室を指さした。


 控室に入ると、小海が黒のレザースーツのチャックを臍の下まで下げて、仰向けになっていた。スーツの下は何も着ておらず、玉のような汗が胸元で光る。卓は薬を持ちながら飲み物を探していると、愛華がバスタオルをスーツケースの奥から何枚か取り出す。


 小海は卓の存在に気づき薄目で見ると、寝たままゆっくりと胸を隠すが、出て行けとまでは言わなかった。愛華に手伝ってもらい、汗を吸わないレザースーツを上半身だけ脱がせ、バスタオルで小海をくるむ。

 そして薬を飲ませて、頭を冷やした。


「どうする。決勝。やめとくか」卓は小海に尋ねると「絶対いやだ」と返ってきた。


 そりゃそうだろうな、俺の娘だしな。と卓は思った。

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