第25話

 前回優勝チームのアントリオンは、竜王チームが浜入チームに勝利した次の試合で勝ち上がっていた。前回優勝チームにはシード権が与えられており、一勝するだけで決勝戦が確定する。

 竜王チームは次の相手――アイノ率いる『一閃』チームに勝利すれば、アントリオンと決勝で争うことになる。


「絶対負けられない……!」


 小海はいつにもまして、真剣な眼差しでスーツケースを睨んだ。


「おっさん! 出て行ってくれる!」キッと凛々しい目つきで、小海が振り返る。


「お、おう!」着替える必要がない卓は、控室をでて自販機が置いてある休憩スペースでくつろいだ。


 するとハイヒールの音が廊下から段々と近づいて、卓の前で音がパタリと止む。「あっ、北々きたぎたさんっ!!」と繋鳥けいちょうが声を掛けた。

 一閃の試合をスマホで見ていた卓は驚いて顔を上げると、コンベンションルームで余裕の笑みを浮かべていた表情から一変して、前髪があらぬ方向に乱れ焦燥しきった繋鳥と目が合う。


「コレ、わが社のSNSですが、バズってますよ!!」


 繋鳥はスマホを見せつけると、たしかに二回戦の写真を掲載したメッセージの『いいね』の数が異常に上がっていっている。


「コ、コレ、だいたい、どの写真も二千ぐらいだったんですが、マナカちゃんの写真をアップしたら……」カツカツとマニュキアの爪で画面をスクロールして、愛華が和傘の中で微笑む写真で止める。


「三十万……ですか?」


「脅威!!」繋鳥は手を広げて、何かお告げを受けたかのように歓喜する。「北々きたぎたさんって、コウミちゃんの方のお父さんですよね? マナカちゃんの保護者に電話してもいいですかっ⁉」


「あ、はい」拍子抜けしている卓は、店長の携帯番号を繋鳥に教えた。「でも、いま昼どきでレジがフル回転しているから、忙しいかと思います。昼二時頃がいいですよ」


「ありがとうございます!!」繋鳥はハイヒールを鳴らしながら、来た道を戻っていった。




 控室をノックして入ると、コスプレ衣装をチェンジした小海が振り返った。


「よし、いくぞおっさん」


 黒のラバースーツに青緑の幾何学的な突起物を肩や胸周りなど複数の部位に付けて、首回りがタイトな近未来の戦闘服に着替えたようだ。腰にはアーミーナイフをぶら下げ、太ももには小型の拳銃を巻いている。


「お、おう。気合入っているな……」卓は近未来の暗殺者が通る道をあけた。


 小海は再びツインテールを封印し、長い黒髪をスーツの下に隠している。ラベンダー色のショートカットのウィッグを付け、謎の洗濯ばさみのような形状をした飾りを二つ付けていた。ビーコンを模した物なのだろう。


 愛華も灰色のラバースーツで、髪をローズの明るい色に変え黄色の大きなリボンを付けたヘアバンドでまとめて結んでいる。赤ふちの眼鏡を付けて、すました顔で卓の前を通ると、別人のように見えた。



 二回戦の入場は対戦相手と同じ場所から入場となった。卓は入場位置にスタンバイすると、闇に紛れてスタッフが行き交って忙しそうに作業をする。竜王も一閃も横一直線に整列した。

 卓の横には一閃の監督・アイノが立っている。アイノもスレンダーなボディラインを活かした、暗殺者風のスーツ姿で、違和感のない金髪をなびかせた。

 卓は横目で盗み見ると、アイノの表情は冴え冴えとして妙齢の顔立ちだ。それは魔女のようで、この女性が料理をしたり掃除をしたりする姿を想像できない。舞台裏の薄暗い照明でも、アイノの肌の白さは際立っていた。


「では、コウミちゃん。ライトオンします!」愛華が突然、大きな声を出す。閉ざされたゲートから伝わってくる音楽に、負けないほど大音量で。


「お願いします!」小海が示し合わせたように愛華と一緒に頷く。


 手にはタブレットPCがあり、指先を弾いて何やら設定する愛華。画面のバックライトが眼鏡を真っ白にして、インテリっぽいオーラを出している。


「ライト、オン!」愛華が小海の腰辺りのスイッチを押すと、小海の体に付着している幾何学的な突起物がぼんやりと光った。そして消えたかと思うと、またほんわかと光り、薄暗闇のなかクラゲのように発光を繰り返す。


「おーっ!」アイノの表情は崩れ、一閃の他メンバーが小海をのぞき込んで、驚きの声を上げた。


 アイノの一驚した様子をちらりと確認した小海は、嬉しくて舞い上がりたいのだろう。照り返した小海の口角がピクピク動いていて、冷徹な女アサシンの表情を演じ切るのに苦労しているようだ。


「……よぅし、勝った……」


 爆音が流れる中でも、小海の勝利宣言がはっきりと卓の耳に入る。


「おいおい、まだ始まってないよ……」と卓はため息をついた。

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