第24話

「キックオフ!!」

 

 浜入チームのキックから一回戦が始まった。

 慎重にパスを回しながら、攻めのラインを決めている。まずはパワーが劣ると考えている竜王の守備的ミッドフィルダー7番を狙って、攻め上がってきた。卓は7番と一対一で対峙させないよう、ディフェンダーの小海にマイクで指示を飛ばす。


「了解」


 7番をカバーする意味で配置したディフェンダーのエース2番が駆け上がり、その穴を埋めるように卓は別のディフェンダーを移動させた。

 小海は7番で守備をしつつも2番を走らせ、相互に操作をする。

 7番のスライディングをかわした敵の選手は、駆け上がってくるエースの2番にあえなくボールを取られた。7番のパワーはバレてしまっただろうが、パラメーターがバレる前提での戦いだ。それよりもボールをキープする方が、価値があると卓は考えていた。


 すぐにオフェンスのエース8番へと、愛華は意識して駆け上がるような予備動作をしたとき、浜入のチームも8番の守備を厚くする。

 ここまで勝ち上がってきたチームだけあって、だいたいの戦法は調査済みなのだろう、明らかにサイドへ力の偏りが生まれた。


「センターの4番を起点に7番で決めよう」卓が二人に伝えた。


 小海はすぐに理解して、パラメーターの低いセンターへパスをする。まるで餌を見つけた生け簀の魚のように、アタッカーが駆け寄ると、その合間に卓は守備のミットフィルダーを敵の偏りがある、逆サイドに走らせた。

 愛華の8番も攻め込むと、そちらに敵は集中し、7番にパスが回ったとき守備は一人しかいない。


「抜けれるよ」卓は完全な値は分からなかったが、すべての過去の試合を見て、確定値は分からずとも、おおよそのパワーとスタミナは想定できていた。


 小海はスライディングをかわして、ペナルティエリアに攻め込むと守備のミッドフィルダーでシュートを放つ。


「ゴーーーーーーール!!」


 卓の背後にある巨大な画面にリプレイ映像が流れ、竜王1点の文字が大きく映し出されると会場が湧いた。


 前半戦は1-0で竜王がリードした状態でハーフタイムとなる。


「小海なかなかいい感じだな。愛華ちゃんは出番がなくてごめんね……」


「いえいえ、全然大丈夫です!」


 ゴールの瞬間やパスカットのシーンなどがリプレイ映像として、卓の背後で流れている。

 曲調がコロコロ変わり急に静かになると、サイドからバンドが出て来て曲を披露する。あまりテレビで見たことがない顔ぶれだったが、男性ボーカルが熱唱すると、感化されて卓も思わず熱くなってしまった。


「同じ攻めで後半も行こう。ただ、8番につく敵の守備が緩くなったら、愛華ちゃん8番で攻めて」

 

 後半戦が始まり、卓は身構えた。

 ――しかし、浜入のチームは8番に守備を複数配置する戦略を繰り返すだけで、追い詰められているはずだが、奇策も何もない。

 どういうことだ。

 卓は8番を使う方針に変えてみようかと思ったが、あえて戦法を変えるのを待っているのかと考えた。悩んでいるうちに小海が守備のミッドフィルダー7番でゴールを決める。


「3-0で、竜王チームの勝利!」


 歓声が沸き起こる。


 竜王はそのままの戦法で、敢え無く勝利してしまった。

 勝者の竜王は階段を上がり、ディスプレイが凱旋門のように上がると、その中に消える。敗者の浜入チームは暗転した舞台袖に消えた。



 控室に入ってドアを閉めると、愛華が「やったー!」と喜び小海と両手を握り合う。小海も笑顔で応えた。

 愛華は卓の腰に抱きつき、小海もこの時ばかりは一緒に抱きつく。ほのかな甘い香りがして、二人とも汗をかきながら一生懸命に頑張っていたのだと分かった。


 抱き合っているとドアをノックする音がした。開けると浜入の姿があった。


「あ、あの……。さっきの試合……ありがとうございました」


 出会ったときと正反対で、冴えない男が卓の前でもじもじしている。


「ありがとう。お疲れ様」卓は少しくぐもった声で労う。


「あ、あの、できれば『こみなか』にサインを頂けないでしょうか。あと、もしできれば一緒に写真を……」


「ちょっと待って」卓はサイン色紙とペンを受け取り、小海と愛華に顔を向けた。


「どうするよ」


 卓は小海と目を合わせると、「サインぐらいはいいんじゃない」と小海は盗賊が笑うような怪しい笑みを浮かべる。


 再び浜入の前に卓は立ち、サイン色紙を渡して腕を組む。


「写真はだめだよ。君は信用ならんからね。サインで我慢しなさい」


「……そう、ですよね……」


 浜入は改めて深く頭を下げると、小海と愛華がサインした色紙を見ながら廊下を歩いて去っていった。


 浜入のチームについては、昨夜、名前を手掛かりに調査済みだった。

 もともと『こみなか』の熱烈なファンのようで、彼はこの大会の目的を試合前からすでに見失っていたのだ。

 試合を通して親交を深めることが彼の望みだったが、つまらない罠を仕掛けて自分で落ちた。試合前からすでに勝敗はついていたのかもしれないと卓は思った。

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