第23話

 スーツケースを引っさげて、地下の控室に入ると小海が開口一番に「着替えるから出て行って」と卓に命令した。

 竜王チームは二試合目なので、少し時間的に余裕がある。すでに朝の時点で萌葱もえぎ色の和服に着替えていた卓は、上の会場に行ってみたくなった。

 関係者のカードを見せるとスタッフが道を開けてくれて、なんだか支配人のような気分になり心地いい。


 関係者用の階段を上がり、二階から会場を眺めると、多くの観客がぼんやりした明かりの中で席を探している。繋鳥が言うには、およそ一万人近くの来場があり、オンライン参加を含めると五万人近い視聴者がいるという。

 舞台には今まで見た中で最も巨大なディスプレイが、上下二段に分けて設置されていた。時折アシアー社製のゲームやゲームデバイスなどの宣伝が流れると、音が響いて建物全体の空気がうごめいているようだった。


 今からあの舞台に立つと思うと、血がたぎり、普段蒼白な顔が赤味づく。いままで世に出れなかった鬱憤を晴らすときがきたのだ。

 運営から大会招待のメールが来た日、美沙を誘った。「行っても、みていられないから」と苦悶の表情をして美沙は頭を振る。そして最後は「これがあなたのアディショナルタイムかもよ」と言って、卓を送り出したのだった。



 控室のドアをノックすると、ドアが開き小海と愛華の着替えが完了していた。

 原点回帰してファンタジーの要素がなくなっているが、煌びやかで派手な印象はそのままだ。

 小海はくすみがかった青藤色の浴衣で、歩くと膝上が見えて遊女のような雰囲気がある。ツインテールは封印し、長い髪を二つの三つ編みにしていた。黄色の蝶をモチーフにした髪飾りでおさげを飾っており、小海の周りに蝶が飛んでいるような演出を狙っていそうだ。そして化粧のせいなのか、妙に年齢が低く見えて、座敷童のようにも見える。

 愛華は化粧をすると目鼻立ちがくっきりして派手なようで、それをカバーするかのように落ち着いた海老茶色の和服を着ている。ただ、胸の谷間が見えるほど前を開いていて、ほとんどの日本人には太刀打ちできない長い太ももを、短すぎる和服の裾から見せていた。


「愛華ちゃん、ちょっとセクシーすぎだから、他の衣装はないの? というか、二人とも全体的に露出が多くない?」


「他の衣装は……ない」小海はきっぱり言い切った。


「あんなにスーツケースあるのに?」卓はつっこむと、小海は「あれは残りの2戦分」と変に強気に出る。


「まぁ、ポーズもとらないですし、ほとんど動かないので大丈夫ですよ!」愛華はさらに胸を張って強調した。



 大会の最初の試合はアイノが監督をする『一閃』チームが勝ち上がった。小海はアイノが公式大会にエントリーした時点から、本戦に出場するとにらんでいた。どうやらアイノは小海の先輩のような存在で、ゲームもアイノへの憧れが動機のようだった。

 

 次の竜王チームの試合の前に、活躍中のダンスチームが間を埋める。卓たちは移動して予定の場所に待機すると、ダンス音楽の重低音だけが響いて、暗闇のなか卓の体にまとわりつくように肌を刺激した。


 立ち位置と衣装チェックも終えると、司会者がコールする。


「チーム、竜! 王!」


 目の前の壁が上に開き、思っていた以上に高い位置から観客を見渡せた。観客の後ろの照明が暗く、前5列目ぐらいしか見えなかったが、観客はパンフレットを丸めて天を突き、体を揺らして狂気を孕んだ目でこちらを注視する。

 タイトなミニスカートをはいた女性スタッフが、前方を案内しそれについて行った。床がビリビリと鳴って、一瞬氷の上を歩いているんじゃないかと思うぐらい歩きにくい。プレイボックスの近くに着くと、アナウンサーが名前を呼ぶ。


北々きたぎた~卓!!」


 打ち合わせの通りに卓は手を挙げると、BGMの音の後ろで歓声が聞こえる。登場口は巨大なディスプレイが下りて塞がれ、上下をあわせた画面に竜の水墨画が描かれると、彩られた竜は天を駆け巡り火を吐く。竜王チームの前方から演出用の火柱が立った。


「こーうみ~ちゃん!!」


 小海と愛華は本名でエントリーしていなかった。

 小海はいつの間にか空色の和傘をさして、くるりと回ってみせると会場が揺れた。この一万人が全員小海のファンなんじゃないかと思えるほどの振動が、設置されている台に上がってくる。

 そして――


「まーな~か、ちゃん!!」


 三人の一番前で、女座りをして観客に背を向けている愛華。スポットライトが捉えると振り返って柔らかな笑顔を見せ、立ち上がりながら紅色の和傘をさす。首をかしげるとかんざしのビーズが揺れて輝いた。

 音楽は相変わらず、とてつもない音を出しているはずだが、音が途切れたような静まり返る感覚があり、そのあと波のような大歓声が会場を揺らした。


 ポーズはとらないって言ってたのに……。圧倒されて緊張しているのは、自分だけなんじゃないかと卓は思った。


 そして対戦者を見ると、昨日会った浜入という名の大学生がゲームボックスに座っている。

 浜入が率いるチームは、竜王の最初の対戦相手だった。

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