第22話

「こんにちは~。僕、崖鬼がいき侑人ゆうとっていいます」


 スレンダーなスーツ姿の男は、そう名乗りながら三人に近づく。分厚く緩めの腕時計をちらりと見て、小海と目が合うと微笑んだ。

 卓はホテルのロータリーで轢き殺そうとした人物じゃないかと、疑惑の目で見る。颯爽とエントランスに消えて行った人物と背格好がとても似ていた。


「『こみなか』だよね? ゲーム実況の」


 崖鬼と名乗った男の問いに、「はい」と二人は頷いた。


「やっぱり~。二人ともかわいいし、ゲーム上手いよね。僕、レーンライスの役員やっているんだけど、今度うちで出演してみない?」


「えっ!」小海の目が輝いた。小海が憧れていると思われる、アイノというコスプレイヤーがレーンライスの関係者と話していたことを卓は思い出した。

 しかしながら、二人でゲーム実況なんかやっていたのか、と卓はそわそわする。小海が高校生になってから、ほぼ放置状態になっていたのは自分のせいだが、コスプレイヤーにゲーム実況……。小海のことを何も知らない気がしてきた。


「ここで会ったのも縁だしさ、連絡先教えてくれない?」


「はい!」と小海はスマホを取り出すと、その横で愛華が自分の唇を押しながら「むーん」と考え込んだ。


 卓は小海のスマホを手で覆いかぶせて、一歩前に出る。


「すみません。一応、私が保護者で、こういったところで娘が連絡先を教えるのも看過できず。……名刺とかもらえないですか。後から連絡します」


「え、ああ、こみちゃんのお父様だったんですか……」と崖鬼は一歩引いた。


 崖鬼は内ポケットを探っていると、愛華が何か閃いたかのようにポンと手を叩く。


「そういえば、崖鬼さん、1カ月前ぐらいのドームイベントに来てましたか?」愛華は大きな目で崖鬼の顔をじっくり見ている。


「あ、そうかな? どうだったかな……忘れちゃった。僕がわざわざイベントには顔を出さないかな」と崖鬼は照れ笑いした。


「そうですかね? 人違いじゃないと思うんですが。私たちのイベント撮影会で写真を撮っていましたよね。私、初めてだったから覚えているんです。すっごい大きい望遠レンズだなぁーって」


 愛華は驚異的な視力を誇示するように、崖鬼の顔をじっと見る。

 笑顔が崩れた崖鬼に、卓は間髪いれず質問した。


「君、本当にレーンライスの役員かな。会社の連絡先とか教えてもらえますか」


「あ、いや、ちょっと名刺を切らしているかも」と崖鬼は胸ポケットを叩いた。


 そこにエレベーターから降りて来た男が崖鬼を指さす。「あれ、浜入はまいりじゃね? はやっ」


 男は大学生ぐらいでラフな格好をしており、崖鬼と名乗った男の横に来た。


「まだ説明の三十分前じゃん。気合入りすぎじゃない⁉」と大学生の男は崖鬼の肩を押す。


「……崖鬼さん。どういうことか説明してもらえますか」卓は投げつけるように言った。


「す、すみません……。じつは、こみなかのファンで……」


「嘘だったんですか……!」小海は呆気にとられたあと、警戒する目つきに変わった。


「浜入君だっけ? だめだよ、嘘を言って連絡先を聞くなんて! しかも君、何歳? 未成年を騙すのは犯罪になるからね!」


 卓は小海と愛華の監督義務を思い出し、二人に注意していなかったことを後悔した。


「すみませんでした……」浜入は肩を落とし、顔色は血の気を失っていく。


「もし次、娘から君の話を聞いたら、すぐに警察に電話する。君の名前も分かっているからな」


「本当にすみませんでした。もう二度としません……」浜入は嘆声たんせいを漏らして涙すると、隣の友人らしい大学生が口を開け、呆然と浜入の小さくなった背中を見ていた。



 エレベーターに乗って部屋に向かう間、急に無口になった二人に、卓は念のためと思い注意する。


「分かっていると思うけど、ああいうやつに騙されるんじゃないぞ。……特に、これから大勢が集まる大会に出場するんだ。俺のそばにいて、離れるときは声を掛けろよ。部屋から出るときもだ。いいな」


「はい」と小海と愛華は素直に返事をした。意外にも小海から反抗心は感じず、どうやら浜入の件が大分効いたようだった。

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