第20話

 卓は起床すると最初にメールを確認した。そして竜王チームのネットランキングを検索する。

 竜王は得点差で5位につけていた。

 公式戦はすべて消化し、あとは他のチームと大会運営側の決定を待つだけだ。

 前回の大会にならうと、発表は少なくともあと1カ月はかかるだろう。しかし毎日朝昼晩にチェックしてしまう。卓は決定の通知を心待ちにしていた。



 平日にパートを終えると大会からのメールチェックも終えて、小海の部屋以外、掃除機をかけることにした。

 卓と美沙の部屋に掃除機を持って入ると、ホースが美沙の化粧台にあたり、棚から口紅やマニュキアの小瓶が落ちて絨毯に散らばる。


「うわー……はぁー」と卓は掃除機を置いて、ひとつずつ拾い上げた。


 美沙は小物をきれいに並べる癖があり、確認しやすいようにラベルを前面にして置いている。まるで小海の部屋にあるフィギュアのように、分類もされているようだった。几帳面なところと多少暴力的なところが似ているな、と卓はひそかに笑った。

 

 化粧棚に商品のように陳列させていると、横の棚にあるA4のファイルが目に入った。雑誌に挟まれており、何の背表紙もついていなかった。

 基本的に美沙のものに触れることはしない卓だったが、何気にそのファイルを開いてみる。そのファイルはスクラップブックで、新聞やプリントした紙を切ったものが丁寧に貼られていた。


 卓は目を疑った。

 開いたページには、卓が竜王戦のトーナメントまで出場したときの記事が綺麗に貼られ、北々きたぎた卓の名前がマーカーペンで強調されていた。

 竜王戦はトーナメントに出場するために、ランキング戦を勝ち上がらなければならない。ランキング戦で優勝するだけでも数百万を手に入れることができた。


 十年ほど前だった。まだ小海が小さいときに、その賞金で美沙と旅行に行ったことを思い出す。宿泊した旅館で夕食に蟹が大量に出てきて、食い意地が張る美沙は食べきれない蟹を持って帰り、自宅の冷蔵庫を蟹で占拠した。

 不意に笑みがこぼれると、卓は咳ばらいをしてファイルを閉じた。美沙と小海が家にいないことを確認すると、改めてファイルを開きじっくりと読む。


 美沙は卓の新人戦から1戦も漏らさず、公式戦のすべてをスクラップブックにまとめていた。ページをめくると、そのときの熱戦が脳裏に浮かぶ。このとき、卓は世間に認められ、自分もそれを誇りに思っていた。

 もしかしたら、美沙もそう感じていたのかもしれない。美沙はほとんど将棋の勝ち負けについて触れたことはない。むしろ無関心といってもいいぐらいだ。でも、もしかしたら――将棋で勝ち上がる卓を誇りに思い、愛していたのではないか。


 新聞の切り抜きは十年前の記事で止まっていた。

 しかし次のページにWEBをプリントした紙が切り抜かれている。『アシアー開催の日本最大級のゲーム大会』


 美沙は密かに小海から大会のことを聞いていたのだろう。ゲーム画面からしか確認できないようなランキング表まで、携帯カメラで撮影して印刷している。

 卓は涙がスクラップブックに落ちないように、袖で目を覆った。

 たどり着かなければいけない。

 将棋で成し遂げられなかった、優勝へ。

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