第18話

 その後チーム竜王は順調に勝ち進み、全国トップ10にランクインした。

 しかし6位以内に入るためには、本気で大会進出を狙う強敵と戦い、それに勝利しなければいけなかった。


 ――土曜日、卓たちは自宅から離れた隣県のドームに来ていた。

 ドーム前は様々なキャラクターのコスプレをした人たちが、複数の円陣を作っている。そのなかで、際立つ巨大な円を生み出しているのが、小海と愛華だった。


 二人は巫女の恰好をしていた。

 小海はツインテールを一つにまとめ、長い黒髪をマフラーのようにクビに巻いている。そのまとめた髪の先端にお守りをぶら下げ、髪をまとめる赤い紐が、あやとりのように髪をあしらい、結び紐が髪飾りのようにアレンジされていた。

 腰にガードルを装着しているのか、ただでさえ細いウエストがさらに引き締まり、背骨が折れそうだ。緋袴ひばかまが膨らみ、そのシルエットは腰とお尻でS字のカーブを描いている。

 白衣が肩あたりで裁断されて赤い紐でつなぎ合わされており、その隙間から腕や腋の肌が見えている。緋袴の裾も膝がギリギリ見えるほどの短さで、そんなセクシーな巫女はいないだろ、と卓は何回もつっこんだ。

 愛華に至っては、キツネの耳を頭につけて、赤いおみくじを片方の耳に結んでいる。セピア色の髪と、作り物の耳の毛色が同じで、本当にそこから耳が生えているような演出だ。


 着替える前まで懊悩おうのうしていた愛華だったが、小海の指示に従って二人でポーズをする表情は、生き生きとしていて輝いていた。


 二人は周りに礼をすると、あっという間に円を作っていた人影がまばらになる。

 意外にも小海や愛華に近づくカメラマンはおらず、一定の距離を保っている人が多いんだな、と卓は感心した。


「緊張した!!」と愛華はドームから吹き降ろされる風に気を付け、袴を手でおさえながら卓の元に走ってきた。


「やっぱりスタイルがいいね……愛華」


 小海は自分の胸を見て何か物足りなさを感じている様だった。


「どうでした?」と愛華は卓を真っ直ぐ見ると、その瑞々しさにたじろぐ。


「いやぁ……二人とも輝いていたよ。うん。今回は前みたいじゃなく、露出控えめで、多少安心できたかな」


 卓は小海の父として、言葉に気を付けながらコメントを絞り出した。


「よし、じゃあみんな帰ろう」と小海は駅に踵を返すと、卓が「まてまて」と呼び止めた。


「あと一時間後にプレ試合が始まるから、もうちょっと待ってくれ」


 参加している大会のプレオープンとして、前回優勝者が応募で選ばれたチームと争うことになっていた。ドームのイベントはネット配信会社が開催しているが、協賛としてゲーム会社アシアーが宣伝用のイベントを予定していたのだ。


「あっ!」と愛華が不意に通り過ぎる集団を指さす。「アイノ様だ!」


 小海と愛華は急いでリュックから色紙とペンを持って、先頭を行くタイトなレザースーツを着た、切れ長の目の女性に駆け寄った。


「サ、サ、サ……」愛華は言葉にならず、サイン色紙をアイノと呼ばれた女性に見せるが、アイノは手を広げて断った。


「ライバルにはサインしないの。急いでいるから」と言って黒のハイヒールを鳴らしながらドームの回転ドアに消えた。


 愛華の背中に隠れていた小海は、しょんぼりして帰ってくる。

 勝気な小海が暗い顔をしている様子を見て、卓は意外に思った。


「アイノ様、ライバルだって!!」愛華は小海を励ますと少し元気を取り戻したようだった。




 ドーム内は複数の会場が蜂の巣のように仕切られており、ウェブの生中継やゲーム実況、本のサイン会、コスプレイヤーとの記念撮影など様々なイベントが各ブースで行われていた。


 多くの人で溢れ、係員が看板をあげてイベントの告知をしている。係員は走り出す人や写真を撮る人を捕まえて注意もしていた。まさに蜂があちこちで飛び交うような盛況ぶりだ。

 首から社員証をぶら下げているメディア関係者が卓たちの前を進むアイノに声を掛けると、嬉しそうにアイノは応対している。

 小海と愛華はそれを食い入るように見つめながら、奥のアシアー専用ブースに進んだ。


「アイノ様、レーンライスの関係者と話をしてた」愛華が驚異の視力で社員証を解読した。


「レーンライスって動画配信会社じゃん! もしもの話だけど、ゲーム実況とかするのかな」と小海は見えるはずのないアイノを振り返る。


「あんな塩対応されて。二人とも、あれのファンなのか」


 卓の質問には誰も答えてくれなかった。卓は物理的な距離を置かれていることに、今更気づき軽くショックを受ける。まあ思春期だし、憧れの人におっさんと一緒にいるところ見られるのは、確かに嫌だろうなと思った。


 アシアーのブースは、他の会社のブースを3つほどつなげた広さで、大きなディスプレイが設置されている。壇上には有名な男性アナウンサーが立っており、アシアーの力の入れようが分かった。

 ちょっとしたライブ会場のような雰囲気があり、卓は後ろを見ると三百人ぐらいは観客がいるように思えた。

 応募で当選したチームはすでにゲームスタンバイし、いよいよ前回優勝チームの入場となった。


『前回優勝チーム、アントリオン!!』


 アナウンサーがコールすると、前回優勝者が入場する。

 破裂音と足裏が痺れる重低音が響き、ストロボが3人の入場者を断続的にフラッシュする。舞台の縁に設置されたレーザーが、音楽に合わせて観客の上を格子状に交差した。


 卓は3人のなかで、少しやせた四角の横長眼鏡をしている男に惹きつけられた。ふわりとした耳にかからない程度の細い髪、色白で左右対称の目、まさに現在の竜王である名人を髣髴させる顔だったからだ。

 その男は監督のボックス席に入り、ゴーグルとヘッドフォンを付ける。そして両足の先に用意されたオフェンス、ディフェンスのプレイヤーボックスに、もう2人がスタンバイした。


『キックオフ!!』


 奥のディスプレイには、まるで本物のサッカー選手が映し出された。アシアーはこの大会用に開発したオーディエンス用の編集機能を披露している。プレイヤーは今まで通りだが、オーディエンス機能を通すと、より臨場感あるサッカーゲームが観客用に画面へ出力されるのだった。


 アントリオンは相手からボールを奪うと、観客をあっという間にプレイテクニックで魅了した。

 理想的な逆サイドのパスがつながり、シュートを放つと惜しくもゴールの枠を外すが、開始早々のシュートに観客を沸かせる。

 応募のチームもペナルティエリアに攻め入るなど健闘するが、アントリオンのディフェンダーに絡み取られた。


 互いに0―0のまま後半戦を向かえると、応募チームがペナルティエリアでアントリオンのスライディングを受け、イエローカードとなる。

 PKとなり、会場は不穏な空気にざわめいた。

 そして応募チームがPKを決め、先制1点をいれる。

 会場は歓声があがり、実況アナウンサーも興奮気味にコールした。

 フラッシュが応援チームを鼓舞させて、喜びに満ちた表情が垣間見える。


 ゲームセットの10分前、アントリオンは守備位置を変更させた。

 そして余った選手を攻撃に向かわると、サイドから逆サイドへパスを出し初回と同じ形にしてシュートを放つ。ボールはゴールに吸い込まれるように1点をあげた。

 得点後のキックオフ。応募チームは勝ちを急ぐあまり、選手の展開とパスが嚙み合わず、ミスをしてボールがこぼれる。

 そこをアントリオンのディフェンスが拾い、攻め上がると、あっという間に2点目が入った。


 2―1でアントリオンが逆転勝ちを決めた。


 アントリオンがパフォーマンスのために、追い詰められたフリをしていることは、卓も小海も分かっていた。

 アントリオンの選手のステータスは前回のチーム設定であるため、今回の大会では参考にはならない。しかしリーダーである監督を直接見ることができて、卓は攻略の手がかりを得た気がした。

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