第17話

 絶対に自信がある試合だった。

 卓は夕食を作りながら、先ほどの試合内容を振り返る。


 何が足りなかったのだろうと、味噌汁に大量の味噌を入れる。

 そして人参を切ると、誤って左手の人差し指を切ってしまった。

 まな板が赤くなり、乱切りされた人参が別の物体に見えた。


 夕食の時間になり、小海を呼んで一緒に食べると、小海は味噌汁に口をつけてえずいた。


「かっらぃ! おっさん、ちゃんと味見した?」


 小海は真っ赤な鋭い目で卓を見るが、卓は心あらずで味噌汁を平らげていた。

 夕食を食べ終え、テレビもつけずボーッとしている卓。


「おっさん、将棋の時よりヒデーよ」と言って、小海は白ご飯だけ食べると、部屋に戻っていく。「他の大会とかもあるんだからさ、そんな気落ちすんなって」


 娘の気遣いに卓は段々と恥ずかしくなってきた。


「そうだな。すまん……」


「……ったく」と何か言い足りなさそうに、小海は卓を後目にして戸を閉めた。


 卓は食器を片づけて、パソコンを立ち上げると、次の大会を検索した。

 いきなり一千万の試合は目標が大きすぎた。もっと慣れてから……。


 しかしどうしても納得ができない。

 負けた要因がはっきりしているのであれば、次の大会にどうつなげていくのか、どれぐらいのレベルの大会に応募するか、そういった気持ちの作り直しができる。少なくとも将棋は、要因がはっきりしてから新たなスタートを切っていた。

 もやもやしたまま先に進むこともできず、卓は今日の試合のリプレイをクリックした。


 初めから最後まで見終えて、卓は一つだけ思い当たることがあった。

 ――ライトニングはパラメーターの改ざんをしている。


 今日の試合番号と、ライトニングのチームIDをメモして、アシアー大会運営にメールを出す。各選手のパラメーターに不審な点はないか、想定するパラメーターをメール本文に書き、どうしてもウイング11番のスタミナがおかしい点も記載した。


 メールを出したが、スッキリはしない。むしろそわそわして、卓は玄関先まで意味なく歩いた。

 もしかすると自分の考えが誤っているかもしれない。迷惑をかけることになるかもしれないが、どうしても理由が知りたかった。

 そうしなければ、新たなスタートは切れなかった。


***


 平日、パートに行き家に着くと、真っ先にパソコンを開いてメールを確認した。

 家事をしながらも気になって、夜寝る前にもう一度パソコンを起動するが、何も返信はない。

 そして火曜日、パートから帰ってきて、すぐにメールをチェックすると、運営から返信が来ていた。卓は自転車を漕いでバクバクしている心臓が、飛び出るかと思った。

 中身を開いてみると、質問事項を受けつけたことだけが明記されていて、膝から崩れそうになる。

 結局、平日には実のある回答はなかった。


 土曜日に愛華が遊びに来た。


「お父さん、こんにちは。……大丈夫ですか?」愛華はリビングに居る卓に声を掛ける。


「ああ、あの時はごめんね。もう全然平気だから」と眠そうな真似をして、卓はなんでもないふりを装う。


「もし、またやるって決まったら、声かけてください」


「……ありがとう」卓は愛華の大人びた笑顔に癒された。


 いつまでも拘っていてもしょうがない、卓は立ち上がり、パソコンを開いた。

 次の見据えなければ――そう思って、画面を見ると未読のメールが一通来ている。

 周りの視界が狭まり、卓は息をのんだ。

 メールを開くと、『ライトニングチームは不正な行為で、意図的にパラメーターを改ざんした証跡がみつかりました』と記載されていた。

 心の奥底から、安堵と喜びがこみ上げてくる。全身から力が抜けて机の上に覆いかぶさった。『ライトニングチームとの相互性は認められなかったため、竜王チームには勝ち点3を付与します――』


 やっぱり俺の計算に狂いはなかったんだ、卓は満面の笑みでパソコンを手に小海の部屋の戸を開ける。

 部屋では愛華と小海が下着姿で、コスプレの服を試着していた。


「! ……おっさん⁉ 何勝手に開けてんの⁉」

 

 驚いた小海の顔は怒りの表情に変わる。

 愛華は手に持っている脱いだ服で胸を隠して、小さく声を漏らし恥じらいだ。


「あ、いや、鍵がかかってなかったんだなって……」卓は後ずさりする。


「コラ! 早く、閉めんか!!」小海は下着姿のまま、戸が壊れるぐらいのスピードで閉めた。

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