第9話

 小海の彼氏は卓の存在に気づかず、小海を抱きかかえると大衆の面前でキスをしそうになる。

 おいおい、と卓は間に入ろうとすると、小海が小さく咳をして卓を指さした。

 彼氏は目を大きく開いて驚く。


「ディフェンダーのお父さん!」よく分からないあだ名で卓を呼んだので、卓は「小海の父です」と改めた。


 愛華が訝しい目つきをして小海の彼氏に詰め寄る。


「あんたさ、ちゃんとキャンペーンクリアしてきた⁉ この前みたいに下手打ったら承知しないからね!」


 彼氏はおどけながら、両手を広げて後退した。


「まなちゃん~今日めっちゃ可愛いじゃん! その服で登校してよ!」


「ちょっと! 質問に答えて! じゃないと、小海のお父さんに代わってもらうから」


「なにマジになってんの⁉ ゲームだし。それに……もうエントリー俺の名前でしてるし、今から変えるなんてムリ~」


 結局のところ、卓はあくまでチームの保護者代表として付き添いとなり、プレイヤーとしての参加はしないことになっていた。

 愛華は拳を握り締めて、髪の色によく似合う鋭い目つきをしている。

 遊び事とはいえ、白熱したゲームに一喜一憂して手に汗に握った卓は、頼むから、そのメリケンサックは外してプレイしてくれ、と心の中で呟いた。


 ステージには巨大ディスプレイが後方に設けられ、チームが向かいあう形で席が用意されている。

 実況者が盛大にタイトルコールをして、場を盛り上げた。ステージは複数のスポットライトが縦横無尽に駆け巡る。

 卓はBGMの大きさにびっくりして、ウーハーの振動とフラッシュにプレイヤーでもないのに奮い立たされた。


 小海とその彼氏、そして愛華が入場してボックス席に座ると、小海のファンなのか、キャラクターの名前を観客がコールする。三人はヘッドセットを装着した。


 そして、相手が入場した時、卓は目を疑った。

 ――え、小学生……?


 眼鏡をかけた坊ちゃん刈りの男の子二人と、丸刈りの野球少年。チーム名はバハムート。

 ディスプレイのチーム名の下のオーダーを見ると、いかにも強そうなプレイヤー名だが、それは偽名で実際は小学生。


「大丈夫か……」卓は半分口を開けて小海に見やると、どうやら初めて相手と顔をあわせたようで、小海の目が二倍ぐらいに大きくなっている。愛華も普段大きい目をさらに大きく見開き、もはやホラーだ。しかし彼氏はというと、ボックス席にある画面に夢中のようだった。


 キックオフのホイッスルが鳴る。

 そして――

 

 圧倒的負け、大敗だった。


 10-2の惨敗。


 後半戦はほぼ客が引いており、実況アナもシュートのテンションが下がり気味だった。

 最初のキックオフで愛華が敵の不意をつき、一気に攻めて僅か開始一分で1点を入れたときは、いけると思ったが、時間が経つごとにステータスは丸裸になり、ディフェンスの弱さが浮き彫りになった。

 後半戦の残り5分の1点は、愛華の意地の1点といったところだ。

 小学生は加減を知らず、後半戦も攻撃の手を緩めない。そのあとも2点を入れ、無垢な少年たちの残酷さに会場は度肝を抜かれた。


「優勝は、チームバハムート!!」

 実況アナはそういうと、おどおどと小学生が壇上に上がる。卓にはお遊戯会のように見えた。

 保護者が後から入場して、一緒に手をつなぎ賞金十万円を受け取る。

 小海達はスポットライトの当たらない陰でうつむきながら、黒子のように拍手するのだった。

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