第7話
キックオフで試合が始まると、さきほどと同じように小海が守衛8番のミッドフィルダーを前線に送り出す指示を送る。
あと2点で逆転――三人の気持ちは同じだった。
8番の動きを封じるため、カバーに敵のディフェンダーが入れ替わる。さきほどよりパワーがある敵選手が来たことは明白だ。
しかし、これは敵の悪手だった。そのことに卓は気付く。
入れ替わる前の選手を防衛ラインの前線に何も考えずに配置している。
ここを攻めてくれとアピールしているようなものだった。もしかすると、罠かもしれないと卓は思ったが、つついてみる価値はあった。
「愛華ちゃん、左サイドの敵ディフェンダーは10番で突破できると思うから、突破したらパスしてくれる?」
「はい。今、左サイドのポジションの選手はどうしますか?」
「センターで敵からボールを取り返してほしい」
「アタッカーってことね、了解!」と後ろの小海が素直に返事をする。
愛華が操作する前に、小海が二人の会話を聞いて選手のポジションを切り替える。
操作をしていない選手が並行して動くので効率がいい。
増えたディフェンスでボールを奪取すると、一気に敵ゴールへ駆け上がる。
準備して伝えていた攻めのラインの通り、愛華は10番にパスをしてドリブルで敵ディフェンダーを突破した。少しペナルティエリア内を進むと、引き付けたところで8番の卓にパスをだし、ゴールエリアでシュートを放った。
得点は5-5の同点。しかし――
次のキックオフの合図が鳴ると、すぐにゲームセットのホイッスルが響く。残された時間はわずかしかなかったのだ。
卓の2戦目は引き分けになった。
三人は同時にため息を吐く。
「おっさん、いい動きしてたな」と小海が満足そうにゴーグル外した。
珍しいことを言うな、と卓は振り返ると、ゴーグルをつけていた小海の目の周りが赤らんで、楕円模様になっている。
「おまえ、なんか赤タヌキみたいだな!」卓は指さして笑うと、愛華もそれを見ておなかを抱えて笑った。
小海は部屋の姿見で確認すると「恥っず!」といってツインテールで目を隠して振り向く。
「小海ちゃん! 犯罪者みたいになっているから!」と愛華と卓は爆笑した。
カレーを準備していたので、美沙の分は別にとっておき、夕食を三人で囲んだ。
愛華は遠慮したが、小海と卓が強く誘ったのだった。
「試合は引き分けだったけど、別チームの勝敗でゲームショウに出れるかも」と小海はスマホを弾くようにスクロールしながら話す。
「えっ、うそ!!」
愛華は小海に引っ付いてスマホを覗き込んだ。
「えーっ! 緊張する!」愛華は宙を見つめて顔を赤らめる横で、小海は指を躍らせるようにフリックしていた。
「その、『ゲームショウ』ってなんだ?」
「いろんなゲームの賞レースなんですけど、来場者の前でプレイして戦うんですよ」
「優勝は十万」小海はスマホをポケットに入れて、カレーを平らげた。
卓の将棋の世界では、タイトルをとれば数百万は入ってくる。しかしそれは昔の話だ。
かつて新人王戦でのぼりつめて、かなりの額を獲得したが今はその能力も覇気もなかった。
十万か、まぁ遊びにしては高額だな、と卓もカレーを食べ終えて、皿を台所に運ぶ。
「しかし、高校生に十万円はよくないだろう。保護者の同伴が必要なんじゃないか」
卓に反応して、愛華が手を打った。
「……ねぇ、ゲームショウにでるって、もしも決まったら、小海ちゃんの彼氏じゃなくて、お父さんにでてもらうのってダメかな」愛華は小海の横顔に目をやる。「保護者も付くし、一石二鳥だよ」
「ええー、おっさんと出るのは嫌だな……」と小海はまたポケットからスマホを出す。
もっと拒絶反応を示すと思っていた小海が、意外と大人しいことに卓は驚いた。
「……でも、お父さんの方が、ひゃくパー上手いよ」
「……」
小海は小海なりに何かを悩んでいる。卓は皿を洗いながらそう思った。
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