第3話
「とにかくさ、役割を果たさないと。おっさんは、守備をして
「そうなのか」初めて知らされた役割に、
「私はフォワードと攻めのミッドフィルダーしか操作できないんです。お父さんは、逆にディフェンダーと守りのミッドフィルダーが操作できます」
愛華は画面の端にリストとして表示されている選手のマークを指さす。
「……なるほど。だが、ボールに近づいても全然とれないんだけど、それはどうしてなんだ」
「近づいただけで奪えるわけないじゃん……。愛華がゲーム中いってたよね。バツボタンがスライディングで、マルボタンがカットキックだって」
「ちなみにですね、ドリブルしている相手のスタミナがディフェンダーのパワーより低いと、ほぼ確実に奪えますよ。スタミナは選手ごとに違っていて、ドリブルやボールをキックする時に消費されるんです」
「へぇー。愛華ちゃん詳しいね」
愛華は熱が入りすぎた自分に恥ずかしくなって、俯きながらはにかむ。
「……気持ち悪い笑顔を愛華に見せるな」と小海は卓の背中を蹴ると、部屋を出ていきトイレへ向かった。
「あと、ちょっと聞きたいんだけど……」卓は前半のゲームで気になったことを愛華に聞くと、愛華は画面やコントローラーの間を行ったり来たりして熱心に教える。
「あと、小海は後ろでゴーグル付けて何をしてるの?」
「小海ちゃんは監督なんです。セットプレーとか、操作されていない味方の選手を『ピン』というフラグを立てて、全体的に動かしているんです」
「あー、なるほど三国志のゲームみたいに、軍を動かしているんだ」
「そうです、そうです! 私たちは選手を細かく動かせるんですけど、全体の流れは監督が決めるんですよ。選手の交代も監督が操作できます」
「へぇー。おもしろい作りになってるんだなぁ」と卓はまるで自分が高校生時代に戻ったような感覚になる。将棋に夢中になり、穴熊などいろいろな攻略法を頭の中にかき込むようにして本を読んだ。
友達に試して自分の思った展開になると、優越感に浸る。
それが今は、これなのだ。
卓は座り直して、将棋を打つようにピンと背筋を伸ばした。
「愛華ちゃん、その敵のスタミナってどこを見たらわかるの?」
「敵のスタミナといったパラメータは分からないんです。味方のパラメータだけ分かるようになっています」
「ということは、ボールを奪いにいって、取れたらパワーをもっと下げれる可能性がある。取れなければ、パワーが高い選手をぶつける必要がある」
「でも」と愛華は人差し指を立てる「ディフェンス側のスタミナも重要です。これはプレーできる時間のようなものですので、守備範囲に直結するんですよ」
「ボールを奪う力はあるけれど、走る範囲が小さい選手もいるってことね。……金将みたいなやつもいるってことか」
やがて小海がハーフタイム終了1分前に帰ってきて、ゴーグルを装着する。
後半戦開始の直後から、愛華の11番が最初と同じように飛び出す。
同じ手は食わない、と敵もペナルティエリアまえで食い止めようとするが、愛華はパスを出しサイドの10番につなげた。10番の前はがら空きで、ペナルティエリアまでドリブルして入りこむ。
敵のディフェンダー2人が反応して、接触しようとする瞬間に逆に迫っていた11番にパスを出すと11番がシュートした。
ボールは敵のゴールキーパーの手の上を通り、ゴールネットを揺らした。
「よぅし!」ゴールパフォーマンスを披露する選手を背景に、愛華は小さなガッツポーズをとる。
小海はゴーグルを外して『いいね!』と親指を立てて、愛華はもう一度ガッツポーズをとった。
そしてキックオフしてゲーム再開すると、敵が攻め込んでくる。
卓は教えてもらった通り、○ボタンで難なくパスカットを決めた。敵はディフェンダー側が操作方法も分からないプレイヤーだと、余裕をみせていたのだった。
パスカットしたこぼれ球に愛華が反応すると、あっという間に2点目が入る。
「この調子!」と言って、監督らしく小海は腕を組んで大きく頷いた。
敵はもう一度、直進して攻めてみるが前半とは打って変わって、ルートを読んだディフェンダーにスライディングされて焦る。敵は紙一重でボールを守り、いったん後方にボールを戻した。
サイドから攻めたり、パスをして様子をうかがい始めた。
「慎重になってますね」愛華はいつでも攻めれるように、選手の位置を微調整している。
「……あのさ、小海。3番のディフェンスなんだけど、パワーは一緒でスタミナが高い奴と代えれないか?」
「え?」と小海と愛華は高い声を出した。
「いや、3番の守備範囲が狭いから、あそこのサイドにボールが落ちると、突破されるだろ。敵のフォワードのスタミナは全部分かったから、3番のスタミナさえ高ければ、絶対大丈夫」
愛華は画面から目を少しそらして、卓の顔を見る。
「……全部、スタミナ分かったんですか?」
「え、そうだけど。だって、数当てゲームみたいなものじゃない。敵のスタミナを想定して、取れなければパワーが高いディフェンダーを。取れたらもう少し小さいパワーのディフェンダーを」
「すべてのパターンを試したんですか」
「もちろん。そういうゲームなんじゃないの? まあ数当てするなかで、取れなかったときにパワーが少し高い選手がフォローできるようにするのが難しいね」
「え、えええっ!」と愛華は目を見開いてエメラルドのような瞳を輝かせる。
3番の代わりはいなかったが、敵陣は3番の守備範囲の穴に気付くことはなかった。
卓の言った通り、敵陣のフォワードは完全に沈黙した。
集中力が切れた終わりの5分で、パスミスしたボールが愛華の10番の懐に入り、トラップしてドリブルで駆け上がると、攻めに重点を置いていた敵陣はあっさり追加の1点を許してしまった。
――3対2の逆転で試合は終了した。
愛華は両手を上げて笑顔になると、隣の卓を抱擁する。
「分かった、分かった」と卓は頷くが、内心では片手で収まらないほど大きな愛華の胸が顎にあたり、夢見心地だった。
外国では普通なのか、卓は紅潮して顔が固まる。そんな卓の頬に愛華は2回軽くキスをした。
ゴーグルを取った小海は満面の笑みで、愛華は抱きつきに行く。
久しぶりに小海の笑顔を間近で見て、卓の心は晴れ晴れとした。小海とはまだ、これから上手くやっていける。そんな希望が見えた。
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