おっさん棋士、プロゲーマーに転生するってさ

第2話

　土曜の朝、プロ棋士が失業した場合の失業保険についてネットで調べていると、小海の女友達がリビングを通る。中学のころからの友達で、愛華（まなか）という名前だった。

　愛華はテーブルに座る卓を見て、頭を下げると小海の部屋に入った。小海の部屋はリビングを通らないと、中に入れない間取りになっていた。

　愛華は母が外国人なので背が高くモデルのような体型をしている。髪は左右の横髪を三つ編みにしていて、色素が薄いのか全体的に淡く、髪の色も栗色に近い。肌の色も白く瞳も緑色で、小海のようにコンタクトや化粧をしているわけではなく、中学のころからもともとそのような体質だった。

　しばらくして、小海が大声でスマホと会話しながら部屋から出てくる。

　玄関まで出て、部屋に帰ってきたかと思いきや、玄関に向かう。

　小海は苛立つと歩き出す癖があった。

　廊下を往復しながら、スマホと格闘していると愛華がそっと部屋から顔を出す。

　小海はスマホのマイクを隠すと、「どうしよう」と愛華にすがった。愛華は眉間に皺をよせ、下唇を吊り上げるように「むーん」と考える。

「小海ちゃんのお父さんに入ってもらったら？」

　小海は震えながら固まり目を見開く。

「絶対ダメ！」

　愛華は唇に人差し指を当てながら天を見て考え込むが、何も出てこないようだった。

　小海の部屋からバイブ音が聞こえ、ＢＧＭが流れた。

「あー……。もうっ！　ちょっと、おっさん！」

　小海が卓に向かって手招きをすると、訝しそうに卓は立ち上がる。どうやら小海は自分の部屋に卓を招き入れようとしているようだった。

　娘のぞんざいな態度は癪に障るが、娘の部屋の中を見てみたいという気持ちもあり、卓は手招きに応じて部屋に入る。

　部屋の中はキャラクターのポスターや、人形でいっぱいだった。

　壁一面を覆うガラスケースには、ブラックライトを設置した、色とりどりのフィギュアが飾られていた。そこはまるで、アニメ専門店のようだった。

「そんなに息しないでくれる？　気持ち悪い……！」

　知らぬ間に鼻がひくひくと動いていた卓は、息を止めて神妙な顔になる。

「それで、どうしたっていうんだ」

　父親らしく冷静な態度をとると、小海がゲームのコントローラーを指さす。

「どうしても友達がこれなくなって、代わりにやって」

「しかし……ゲームなんてファミコンぐらいしかやったことないぞ」

「……わかってるって！　そんなこと……」

　小海はイライラし始めて、部屋を往復し始める。

「小海ちゃん、落ち着いて。お父さん、やれる範囲でいいので参加してもらますか？」

　愛華は小海にゴーグルのようなものを渡して、卓にはゲームコントローラーを渡す。

　学習机の上には大きなテレビがあり、そこには二分割して画面表示されていた。

「右が私、左がお父さんです」

　地べたに座りスティックを操作すると、確かにキャラクターやカーソルが動いた。操作するのはサッカー選手のようだ。

　愛華も女座りをして、卓の横に座った。

　後ろにはイスに腰かけた小海がゴーグルをつける。

　卓はよく分からないまま、キックオフのホイッスルが鳴った。

　愛華はコントローラーのスティックを勢いよく倒し、ボタンを押す。１０番の選手がドリブルをして、敵のペナルティエリアに割り込む。

　敵チームはあまりに急な展開に対応できず、６番の敵選手がスライディングをすると１０番はペナルティを誘うように地面に盛大に転がった。

　ホイッスルが鳴り、コーナーキックとなった。

「よぅし」愛華は小さくガッツポーズをすると、小海は「ミットフィルダーも入れるよ」とつぶやく。

　卓の操作と関係なく、画面に映る選手がコーナーキックのセットプレーに集合する。

「おっさん！　ボールが落ちる位置に８番動かして！　とったら丸押して！」

　意味が分からず、卓はとりあえずスティックを動かすが、ボールは敵に捕られてしまった。

「おいおい！　それ８番じゃないよ、６番です！　どこ見てんの？」

　愛華が急に卓の指を取り、「ここのＬ、Ｒで守衛の選手を交代できます」と顔を近づける。

　卓はドキッとした。美しい茶色い髪が紅茶のような香りをまとい、自分の首の下に入る。

　柔らかな指が自分の指の上に乗ると、ときめかずにはいられなかった。

　小海はゴーグルをつけているため、卓と愛華の様子は分からず、卓の鼻下を伸ばしたカバのような顔を見る者は誰もいなかった。

「ディフェンダ～！！　何してんだ、おっさん！」

　愛華のおかげで選手の操作選択の切り替えは分かったが、ボールの近くに行ってもゲームの中の選手は何もしてくれない。それに、やたらと足が遅かった。

『ゴーーール！！』

　卓たちのチームは１点をいれられてしまった。

「おっさん！　鬼ごっこしてんじゃないよ！」ゴーグルを外すと、小海が黄色の目を怒（いか）らせる。

　さらに小海は足をあげて、卓の背中を何回も蹴った。

「まぁまぁ、落ち着いて」手を広げて制する愛華は、困り顔で卓と小海を交互に見る。

　昨日の劣等感と娘の暴力、そして美しき友人の優しさ、卓自身も理解できない涙が目に溜まってきた。

　愛華も色々と言葉で説明してくれるが、ゲームは次から次に展開しているため、タイミングが遅れ理解不能になる。

　その後、もう１点入れられ、卓は背中を蹴られる。

　すると愛華が偶然こぼれたボールを取り、ハーフタイムまでパスで凌ぐ。

　ホイッスルと同時にハーフタイムとなると、敵陣からメッセージが表示された。

『おまえんとこディフェンダー　クソ。　マジワロタｗｗｗ』

「ぬぅああ～」と小海はコントローラーを画面に投げそうになり、愛華と卓が割って入る。

　画面にはハーフタイムの文字の下に十分のタイマーが表示されていた。