第75話 これはコスプレです
「夜見美月さん、俺はあなたのことが大好きです。これからも一緒にいてください」
自分の気持ちをまっすぐに夜見さんに伝えると、
「こちらこそ、これからも末永くよろしくお願いします」
という返事とともに俺はぎゅっと抱きしめられた。
俺も夜見さんを包み込むように抱きしめたところで問題が発生した。
夜見さんのお尻の辺りがもぞもぞとしたかと思うとスカートの裾からぴょこりと尻尾が顔を出し、頭からはピンと立った耳が出てきた。
家にいる時以外は常に隠れている夜見さんのキツネ耳ともふもふの尻尾が急に出てくるなんてどういうことだろう。もし、俺が告白したことで夜見さんがキツネ娘の姿のままになる魔法でもかけられているなら今後の生活に支障をきたす大問題だ。
「よ、夜見さん、どうしたの? 尻尾と耳が出てきてるよ」
夜見さんは俺の胸元からハの字になった眉と潤んだ瞳でこちらを見つめながら話した。
「陽さんに抱きしめられたら嬉しいゆうかドキドキした気持ちが止まらへんいうか……、いつも通りにいられへんようなって、術が解けてしまって」
「学校でこの姿はまずいって、ここは
夜見さんは急いで耳と尻尾を隠そうとしているようだが集中できないのか、いつも家の玄関でするようにすぐにはできないでいる。絡まった紐を急いでほどこうとして、ますます絡まるような感じなのかもしれない。
そして、こういう時に不幸は重なる。
「夜見さん……、その姿……」
上の階の踊り場の方から突然声を掛けられて、俺が顔を上げるとそこには大久保さんが驚いた表情で立っていた。
まずい、一番見られたら面倒そうな人に見られてしまった。
「あっ、えっと、これは――」
「俺がコスプレしてって頼んだんだ。ほら、夜見さんは銀髪が綺麗だからこういうコスプレが絶対に似合うと思って。教室だと目立ちすぎるから人気のないここでやってもらっていたところ」
自分でも驚くほどすらすらと適当な話が口から出てきた。キツネ姿の夜見さんは耳をピコピコしたり、尻尾を左右に振ったりしなければコスプレに見えなくはない。あとは、夜見さんが俺のほら話に上手く合わせてくれるかが問題だ。
「えっと、陽さんが絶対に似合うからやって欲しいって言いはるんで、ちょっと恥ずかしいけどやってみたところです」
大久保さんはゆっくりと階段を降りながら俺を見下すような冷たい目で見てくる。
「陽、いくら夜見さんが頼めばやってくれるからって、こういうことを学校でさせるなんてどうかしているわ。夜見さんの家に招いてもらっているならそこでコスプレしていちゃいちゃするべきよ」
「夜見さんの家に招かれる?」
何のことを言っているのだろう。招かれるも何も俺と夜見さんは一緒に暮らしている。それとも京都の実家のことを言っているのだろうか。
「とぼけないで、私、こないだ見たのよ。陽が夜見さんと一緒に綺麗なマンションに入って行くところを――」
なるほどそういうことか。大久保さんには俺が風が吹いただけで揺れるような大沼荘に住んでいると話したことがあるから、今住んでいるマンションを夜見さんが一人暮らしで使っているものだと思ったのだろう。
「――まさか二人がそこまで仲がいいなんて思わなかったわ。私はいくら仲がよかったり彼氏であったりしても学校でコスプレしてとか言われたら絶対無理って思う。そういう意味では夜見さんがそういうことにも理解があるなんてラッキーね」
大久保さんは階段を降りるとそのまま俺と夜見さんの横を素通りして、地上へと続く階段に足を掛けたところで振り返って夜見さんの方を見た。
「私、陽が夜見さんとあっという間に仲良くなったから夜見さんが何か陽の弱みでも握っているかと思ったけど、今の様子を見てちょっと納得ね。私は学校でコスプレとか無理だもの」
それだけ言うと大久保さんは駆け足で階段を下って行った。
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次回公開予定:4月16日AM6時です。
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