最終話 やっぱりこれも何かの御縁
キツネ娘姿の夜見さんを大久保さんに見られてしまったというアクシデントは、俺が夜見さんに学校でコスプレをお願いしているという不名誉と引き換えに誤魔化すことができた。
あの時の大久保さんの冷たい目はしばらく忘れられないだろう。
あれから数日が経つけど、大久保さんは夜見さんのキツネ娘姿のことや俺が学校でコスプレをお願いしたことを言いふらすということはしていないようだ。
元カノである大久保さんはたしかに浮気をしたけど、元々そんなに性格が悪いような子ではない。これは半年近くにわたり彼女との距離を縮めようとしていた俺の感想だけどね。
今思えば彼女と付き合っている時に俺は自分なりに彼女を楽しませよう、俺のことをもっと好きになって欲しいと思っていろいろなことを考えていたけど、結局それは俺目線のことばかりで、彼女とゆっくり話しながら彼女目線でどうしたら二人でいる時間を楽しく過ごせるかということが抜けていたと思う。
そして、そういうことに気付かせてくれたのは夜見さんだ。
二人で過ごすゆったりとした時間や相手のことを思いやりながら同じ空間で生活をする。時々俺への好きが溢れて暴走することもあるけど、毎日じゃないから良しとしよう。あれは俺の理性を鍛える修行だと思えばなんてことはない。
さて、本日は夜見さんとのデートの日なのだが、一緒に家を出ていない。
一緒に暮らし始めてから一ヶ月が経ち、やっと、お互いの気持ちをちゃんと言うことができてからの初めてのデートだ。
折角なのでちょっとそれらしい雰囲気を出してみようと思って、ラブコメでよくある一緒に暮らしているのにわざわざ外で待ち合わせをするというものをやることになった。
待ち合わせ場所は高級ブランド店が立ち並ぶような繁華街のカフェで俺は初めて行くお店だ。夜見さんは暮方さんと一緒に行ったことがあるみたいで、とても雰囲気のいいお店だと聞いている。
昼過ぎの待ち合わせだというのに夜見さんは午前中から家を出て行ってしまった。せっかくなのでウィンドウショッピングでもしているのかもしれない。
一方、俺はというと待ち合わせ時間の四〇分前だというのに待ち合わせのお店に来てしまった。高級ブランド店でなくてもこの周辺には俺の興味を引くようなお店はあるが、緊張してしまってそれどころではないというのが今の正直な気持ちだ。
夜見さんとの待ち合わせのお店はレンガ造りの洋風の建物で、入り口のドアは木製の回転扉になっている。
レトロな雰囲気は外観だけでなく内装等も同じで、年代物の調度品が並んでおり、行ったことはないけれど、どこか西洋の貴族の家にでも来たかのような空間だ。
お店の人に待ち合わせであることを告げて席で待たせてもらうことにした。
今日はどんなことを話そう。
そういえば、夜見さんはいつから俺のことを好きになったのだろう。許嫁に決まる前からだろうか。それとも決まってからだろうか。
今までにいろんな人から告白されまくっているのにどうして俺のことが好きなのかも気になるところだ。
でも、そんなことよりもこれから二人でどこに行きたいとか何がやりたいとかをたくさん話したい。
合わせた両手をとんとんと口に当てながら考え事をすることで緊張を紛らわせようとしていると、店員さんに案内された夜見さんがやって来た。数時間前まで一緒にいたのにこうやって待ち合わせをするだけで急に新鮮な気持ちになる。
「陽さん、待ち合わせの時間よりえらい早く来てはるから驚いたわぁ」
俺がこの店に来てからまだ十分と経っていない。夜見さんだってかなり早い到着だ。
この後、俺と夜見さんがどんなことを話したか、どんな学校生活を送ったかということはこれ以上ここでは語らないでおくことにする。
だって、カップルのいちゃいちゃラブラブした生活の記録なんてものは、きっと読んでいて楽しいものはないと思うからご容赦いただきたい。
【夜見さん視点】
季節はもうすぐ梅雨入りの時期で今日のように爽やかな晴れの日はこれからしばらくはないのかもしれない。
今日は陽さんからの告白があってから初めてのデートだ。
陽さんからデートに誘われ、せっかくの初デート? だから、ここはやっぱり待ち合わせをして初々しさを出した方がいいということになった。
デート当日は待ち合わせの数時間前に家を出た。久しぶりの一人での外出なので陽さんと一緒ではちょっと入りにくい女の子なお店に寄りながら時間を調整して、待ち合わせのお店に向かった。
待ち合わせ時間まではまだ三〇分以上あるから遅刻ということはないけれど、もしかしたら陽さんが早く来ているかもしれないと思って、早めにお店に入ることにした。
お店に入ると店員さんに声を掛けられて、待ち合わせなんですがと答えると、店員さんは何やらピンときたのかこちらへどうぞと案内してくれた。
二階の窓際にある二人席にはいつもよく見る考え事をしている時のポーズをしている陽さんがいた。
「陽さん、待ち合わせの時間よりえらい早く来てはるから驚いたわぁ」
まさかこんなに早く来ているとは思わなかった。どのくらい早く来たのだろう。
「俺が来たのはさっきだよ。夜見さんこそかなり早い到着だね」
うちが席に着いたタイミングで店員さんがメニューを渡して注文はどうされますかと尋ねた。
「俺はアイスカフェオーレにするけど夜見さんは?」
メニューを見た瞬間にうちも何にするかは決まった。
あの暑かった夏の日と同じメニューだ。
「アイスココアにします」
やっぱりこれも何かの御縁。
【おわり】
― ― ― ― ― ―
最終話は私の好きな「夜は短し歩けよ乙女」のオマージュにて締めさせていただきました。
最後まで読んでいただいた方ぜひ★★★評価★★★や感想をいただければと思います。
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・あとがき
連載初日からお付合いの方は四カ月半にもわたり本当にありがとうございます。途中で一月半余り休載したにもかかわらず、再開後も多くの方が引き続きお付合いいただけたことに深く感謝いたします。
このお話はちょうど一年前に連載した「許嫁派遣しました」のリビルト作品なのですが、後半部分はかなり改変したものになっています。過去に読んだ方もその辺りは新鮮に読んでいただけたのではないかと思います。(※オリジナルは他サイトで公開しています。)
さて、次回作ですが、ちょっと先になるかなというところです。少し休んで、レベルアップのためにいろいろ勉強して、再び、連載候補の短編をいくつか公開したいと思います。そして、反響が大きい作品が連載化されるという私のいつものスタイルで進めていきたいと思います。
短編を公開するときは近況ノートにてお知らせするのと同時に、こちらの作品の最新話でもお知らせしたいと思いますので、このままこの作品をフォローしてもらうか、作者をフォローしてもらえればと思うところです。
最後になりましたが、皆様の応援のおかげでこちらの作品がカクヨムコンの読者審査を突破したこともここで御礼申し上げます。
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