第74話 偽りの心(後編)
「ごめん、夜見さんが告白されるって聞いてどうしていいかわからなくなって……、ううん、どうしたいかはわかっていたけどできなかった」
夜見さんはゆっくりと膝を床に着くと俺の肩に手を回して、そのまま、肩に顔を乗せるくらい近づいた。
ここまで来ると距離がゼロというよりマイナスになっているくらいで、夜見さんの表情がわからない。
「陽さんができへんかったことって何ですか」
「そ、それは……、夜見さんは俺の許嫁なんだからそういう所に行かないで欲しいって言いたかった。でも、自分から夜見さんとは付き合っていないなんて言っているのに都合の悪い時だけ許嫁だからなんて言えなかった」
話していると熱くなった目から涙が
「今、こうやってうちのこと許嫁だって言うてくれはったから十分です。それにしても、うちが告白されるからってどないしてええかわからんようなるって、そないに心配やったんですか」
「ちょっとだけ。襟巻きのことがなくなったから、もしかしたら、夜見さんが俺よりもその人を好きになって、家から出て行くかもって」
「そないな心配せんで大丈夫です。うちが好きなのは陽さんだけです」
夜見さんは俺の首に回した手でそのまま俺の後頭部を優しく撫でた。昨夜のマッサージとは違うけれど、夜見さんに触れられるとすーっと心が穏やかになって落ち着いた気持ちになる。
そうして、気持ちが落ち着いてきたところで気が付いた。
夜見さん、今、俺のこと好きって言った!?
「えっ、ちょっ、なっ、なんで!?」
「どないしました?」
「い、今、俺のこと好きって」
俺がそう言うと抱き寄せていた手を緩めて、お互いの顔が見える位置まで下がってくれた。
「あきまへんか?」
夜見さんはさっきまでの悲しい顔ではなく頬を伝った涙の跡とは対照的な笑顔を見せている。
「だって、今まで一度もそんなこと言わなかったじゃん。だから本当は俺のことなんて好きじゃないかもって思っていたのに」
「陽さん、うちのことそないな風に思うていたんや。でも、うちはその言葉以上に陽さんのことが好きだとずっとアピールしていたつもりなんやけど」
たしかに夜見さんのアピールは好きという言葉以上のものだったと思う。俺のところに来た日からキスがあり、ベッドに押し倒され、手をつないで買い物して、情熱的な教育的指導があり、美味しいご飯にお弁当、蕩けるような耳掃除など挙げていけばきりがない。
「もちろん、夜見さんのアピールはわかっていたけど、そこまで俺のことを想ってくれているのにどうして言葉はないのか不思議に思っていたんだ」
「それはですね……、好きと言うたあとの返事次第では、もう、陽さんのところにいられなくなるかもしれへんからです。結果を出せへん場合には交代させられてしまうという決まりになってます」
好きと言うのはテストの答案を提出するのと同じ感覚かもしれない。提出すればもう後戻りはできない。結果を待つだけになる。だけど、俺は提出された答案を採点できるほどえらい立場じゃない。
俺は立ち上がると、膝をついている夜見さんに手を貸した。
傾いてきた陽の光が夜見さんを照らして、いつもの銀髪が黄金色にきらきらと輝いている。
「夜見美月さん、俺はあなたのことが大好きです。これからも一緒にいてください」
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ついにここまで来たという気持ちです。
次回公開予定:4月14日AM6時です。
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