第73話 偽った心(前編)

 俺は暮方さんにお礼を言って、鞄を持つとすぐに教室を出た。後ろからお礼なら高級フルーツパーラーのパフェがいいなんて声が聞こえた気がしたがきっと気のせいだろう。


 しかし、教室を出て五歩も歩かないうちにフォローって一体何をすればいいんだと頭上に?マークが三つほど浮かんだ。


 振られたわけじゃないからどんまいって声を掛けるのは変だ。労いのような言葉をかけるのもおかしい。疲れているなら今度は俺が夜見さんにマッサージ……、ダメだ。夜見さんにマッサージをするなんてとても自分がまともでいられる自信がない。


 どうすればいいんだ。全く何をしていいか思いつかない。


 告白の終わった夜見さんをどこで捕まえようと考えた俺は夜見さんが告白を受ける校舎裏にある外階段の踊り場に身を隠すようにしゃがんで待機した。


 どうしてこんなところで待機しているかといえば、ここなら告白が終わったあとに確実に夜見さんを捕まえることができると考えたからだが、ちょっと冷静になれば、こんなところよりも昇降口とか校門で待っていればよかったと後悔している。


 つまり、今の俺は冷静じゃない。


 この場所だと聞きたくもない夜見さんへの告白を聞かないといけないじゃないか。今からでも遅くないこの場から退散して、昇降口で待っていた方がいい。


 そっと立ち上がろうとした瞬間に校舎裏の方にやって来るがっちりとした長身の男子生徒が目に入って思わずしゃがんで踊り場に隠れた。


 待ち合わせに来るの早いって。


 勝又から聞いた待ち合わせ時間よりだいぶ早い登場だ。俺は彼のことを知らないけど、彼はもしかしたら、夜見さんと仲良くしている奴ということで俺のこと知っているかもしれない。そんな俺がこの場にいることが知られればきっとややこしいことになる。


 ああ、もうダメだ。ここから逃げることは出来ない。


 しゃがんだ身体の重心を後ろにずらして倒れるように踊り場の壁にもたれ掛かり、大きな音を立てないように長く静かに息を吐いた。


 何やってんだこれでは完全にヤバいストーカーじゃないか。


 目を瞑って、目を手でアイマスクのように覆いながら夜見さんになんて声を掛けよう、どうなことをしたらフォローになるだろうということに思考を集中させた。


 考えれば考えるほど夜見さんにとってプラスになるようなことが浮かんでこない。むしろ夜見さんに言われたとおりに先に帰って素知らぬ顔でいることの方が±ゼロで、それ以外の選択肢は全てマイナスなんじゃないかと思えてくるほどだ。


 クソっ、このままじゃ本当にバッドエンドになっちまう。


 それから少し経って夜見さんがやって来たのだろう。断片的ではあるが二人の声が聞こえた。俺が恐れていた聞きたくもない告白の言葉も夜見さんの返事も何て言っているのかわからなかった。


 そして、そんな断片的に聞こえていた声すら聞こえなくなった。


 目を覆っていた手を降ろして、目を開いて立ち上がろうとした時に飛び込んできた光景に驚き立ち上がることができなかった。


「よ、夜見さん!?」


 隠れていた俺の前に立つ夜見さんはいつもよりもずっと悲しそうな目をして俺を見下ろしている。


「陽さん、こないなところで何をしてはるんですか」

「え、えっと、その……」


 今まで俺が見たことのないような夜見さんの眼差しに気圧けおされて何と言っていいかわからなかった。


「今日は先に帰って下さいって言うたやないですか。陽さんに他の人に告白されるところなんか見せとうなかったから、先に帰って欲しかったんです」


 夜見さんの目から溢れた涙でコンクリの床にしみができ、キュッと結ばれた拳と口元が微かに震えている。


 どうしよう。今日のことをそのまま言えばいいのか。


 最初は夜見さんが告白されるって聞いて、ちょっと心配というか不安になって、あと、襟巻のことをなしにしてもらったから何かの拍子に夜見さんがいなくなるんじゃないかって思ったりしてた。でも、そんなこと考えていたら暮方さんからそんなことよりも告白の後は夜見さんが神経すり減らしていると思うからフォローしてあげてって言われて、とにかく早く夜見さんに接触しようと思って――。


 脳内でこれから口に出そうとすることを高速で確認している時にふと、先日の銭湯でうーたんと話している時のことが思い出された。


 あの時、うーたんはどうして俺が夜見さんとの関係を先に進めないと聞いてきて、今みたいにうだうだ答えていたらお湯をぶっかけられて、俺のことを大胆か慎重か臆病なのかって言っていた気がする。


 俺はこれまで夜見さんに大胆なことなんてしていない気がするけど、慎重か臆病かと言われれば間違いなく臆病だ。


 夜見さんの気持ちがわからないから自分の気持ちを押し付けるようなことをしたくないってうーたんに言ったけど、全くわからないわけじゃない。


 いくら命を受けて許嫁として俺のところに来たからといって、どうしてあんなに優しくしてくれるのか、どうしてあんなに近い距離で接してくるのか、どうして辛い時に手を差し伸べて支えてくれるのか。


 命を受けただけの許嫁ならもっと事務的に接してもいいはずだ。


 夜見さんの気持ちがわからないんじゃなくて、自分の心がわからなくしているだけだ。


 本当はずっと夜見さんに横にいて欲しいと思っても、元カノと別れたばかりだから、襟巻にされるのが嫌だから、命を受けて俺のところにいるだけだからとか理由を付けて、自分の心に壁を作った。そうしないと自分の中の夜見さんを好きになっていく気持ちが止められない気がした。


 俺は止められない気持ちが溢れ出して好きだと伝えた時に、もし、少しでも眉をひそめられたりでもすれば、この夢のように素晴らし日々も思い出も全てが壊れてしまうことを怖れているだけの臆病者だ。


「ごめん、夜見さんが告白されるって聞いてどうしていいかわからなくなって……、ううん、どうしたいかはわかっていたけどできなかった」


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 陽君が大胆だったのは京都編ですね。

 次回公開予定:4月12日AM6時です。

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