第72話 付き合っていないのだから③

 当たり前だけど、午後の授業の内容なんてほとんど頭に入って来なかった。


 夜見さんを俺に縛り付けないために襟巻の件をなしにしてもらったし、夜見さんとの今の生活が終わってしまってもしょうがないなんて思っていたのに、今は心配な気持ちが次から次へと浮かんでくる。


 さっさと夜見さんとの関係を進めないからこんなことになるんだと言われるかもしれないが、夜見さんが俺のことをどう思っているのかはっきりとわからないのに俺の気持ちだけを押し付けることに抵抗を感じていた。それと、これまでの夜見さんとの生活に胡坐をかいてこのままでいいんじゃないか、無理してこの生活に変化をもたらさなくていいんじゃないかとも思っていた。


 帰りのホームルームの時間が終わり放課後になると、夜見さんは俺のところにやって来て、もう一度、今日は先に帰ってくださいと伝えた。


 俺はできる限りいつもと同じように了解って伝えたけど、どうだっただろう変に動揺した様子が出ていなかっただろうか。


 夜見さんが日誌等の提出物を持って教室を出たところで、暮方さんがささっと俺の席の方に寄って来て、わくわくしたような目をして話した。


「それで、東雲君、どうするの?」


 暮方さんはどんなことを期待しているのだろうか。もしかして、夜見さんが告白されようとしている場面にいきなり俺が現れて、ちょっと待ったなんてことを言いながら二人の間に割って入るようなことだろうか。


 もし、そんなことを期待しているなら残念だが、俺はそこまで無粋な真似はしない。


「えっと、何もしないというか、何もできないでしょ。俺は夜見さんの彼氏でもないし、夜見さんに告白するのは自由だし」


「そういうことじゃないって。告白された後に東雲君がどんなふうに美月をフォローするかってこと」


「フォロー?」


 暮方さんの話していることと俺の考えていることが全くかみ合っていないのに気づいたからか暮方さんはガックリと肩を落として溜息をついてから口を開いた。


「東雲君、美月が告白されてその人と付合うと思っていたの?」

「夜見さんが誰と付き合うかは自由だし、聞く話じゃ超高スペックな一年生らしいから、夜見さんだってそういう気になるかもしれないだろ」

「毎日、東雲君と登校して下校して、お弁当まで作ってきてくれている美月が急に現れた人と付合うなんて言うわけないでしょ。スペックが高いだけの男子なら今までもいたんだから」


 どうしてだろう。ちょっとディスられている気がする。


「それはそうかもしれないけど――」

「そうかもじゃなくて、そうなの! だ・か・ら、今、東雲君に必要なのは告白が終わった後の美月のフォローなの。東雲君はわからないかもしれないけど、告白を断るのってすごく気を使うし大変なの。特に美月は真面目だから相手の気持ちをちゃんと考えて丁寧に対応するから神経すり減らしているはず」


 やっぱり、俺のことディスっているよね。まあ、告白なんてされたことないから告白を断る大変さはわからないけどさ。でも、夜見さんの性格からして丁寧に対応しようとするのは容易に想像がつく。


 それよりも俺が気になったのは告白を断ることが神経をすり減らして大きな負担になるということだ。先日、銭湯でうーたんが、夜見さんを悲しませたり困らせたりしたら夜見さんを返してもらうと言っていた。暮方さんの言うことが本当なら告白の結果よりも夜見さんの神経をすり減らすようなことをさせる方がやばいんじゃないか。


 だとしたら、暮方さんの言う通り夜見さんをフォローするのが最優先事項だ。

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