第71話 付き合っていないのだから②
口の中でビー玉を転がしているような気分でいると、ちょんちょんと肩を叩かれたのでそっちの方に首を回すと口角をニヤリとつり上げ、薄気味悪い笑みを浮かべた勝又が立っていた。
「何かお困りですか」
その表情とその台詞だと喪黒福造だぞ。
「いや、困っていたとしてもお前の助けは借りない。あとで何を請求されるかわかったものじゃないからな」
「そんなつれないこと言うなよ。一緒に童貞を卒業しようと誓った俺と陽の仲じゃないか」
「そんな気持ち悪い誓いは絶対にしてないから。お前と一緒にそんな状況になるのなら俺は一生童貞のままでいい」
徒競走で手をつないでみんなで一緒にゴールとはわけが違う。もし、世の中がそこまで平等を求め出したら末期症状だと思う。
「俺は見返りが欲しくて声を掛けたんじゃないぜ。困っている友人を助けようという気持ちから声を掛けただけだ」
にわかに信じられない発言であるが、校内のゴシップに精通している勝又であれば夜見さんに告白しようとしているやつの情報などすでに掴んでいるに違いない。
「別に困っているっていうほどのことじゃない。夜見さんが告白されるって話を聞いたからちょっと気になったってだけのことだよ」
「夜見さんが告白されるなんて珍しくもなんともないことだが今回は大物だぜ。なんでも小学生の時からリトルリーグで全国区レベルの活躍をしているような野球部の超大型新人らしい。身長が一八五センチ以上で爽やかな笑顔まで振り撒いていて、すでに一年生だけじゃなくて、二年生や三年生にもかなり人気がある。打ってよし、投げてもよしの二刀流で、今年は間に合わなくても来年は甲子園が狙えるんじゃないかって期待もされている」
「マジかよ。超高スペックじゃんか」
甲子園で活躍して、ドラフトで指名されて、ゆくゆくはメジャーでも活躍しちゃいますって可能性がある奴の告白なら夜見さんが俺との許嫁関係を解消して、そいつと付合うなんてことはあるかもしれない。
「まあ、なんだ、陽が持っていないものは全部持っているって感じだな」
「俺は別にそいつと勝負したり何かを競っているわけじゃないから。それより、その大型新人はいつ告白するとかも知ってるか」
勝又は一度メガネをくいっと上げて、もったいぶるように間を空けてから答えた。
「今日の放課後だ」
思っていたよりずっと早いし、もう時間が無いじゃないか。
そういえば、夜見さんから今日は日直の仕事とかがあって放課後少し遅くなると思うから先に一人で帰って欲しいと言われていた。あの時、夜見さんが話した日直の仕事とかの「とか」に告白されることが含まれていたなんて……。
いくら深呼吸をしても吐き出すことのできないもやもやしたものが胸の辺りにつっかえて、少し息苦しいし落ち着かない。俺はこのもやもやしたものが何なのかわかっているが、それを自分で解消できるほどマインドリセットが上手いわけではない。
「なんだよ、マークシートのテストで最後の方になってから回答欄がずれていたことに気付いた時みたいな顔して、夜見さんはこれまで誰の告白もOKしていないから今回もそうだろ」
マークシートがずれていたというのは勝又の冗談だけど、あながち間違いではない気がする。俺がいつまでも付合っていないなんて俺と夜見さんの普段の様子からずれたことを言っていたからこういうことになったんだ。告白の返事だって今まではOKではなかったけど、今回はOKかもしれない。
さて、俺には夜見さんに告白を断ってなんて言う権利はないしどうしたものだろう。
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次回公開予定:4月8日AM6時です。
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