第68話 夜見美月の暴走②

「お、俺なんかよりも夜見さんの方がご飯作ったりして疲れているんじゃ――」


 ここまで話したところで、夜見さんの表情はさっきと変わらず笑顔のままなのだけど、尻尾のぶんぶんがさっきよりも激しくなっている気がする。これは危険かもしれないと察知した俺はすぐさま白旗を揚げることにした。無駄な血は流さない。無駄な戦はしないのが俺の主義だ。


「そ、そういえば、さっきまでスマホで本読んでいたからちょっと疲れているかも、それに普段自分じゃ気付かないところが汚れているかもしれないから耳掃除をお願いしようかな」


「ほな、ここに頭置いてください」


 夜見さんは自分の太ももをぽんぽんとしながら膝枕へ俺を誘おうとする。


 やっぱり、耳掃除と膝枕ってセットなんですよね。無駄に緊張して呼吸が荒くなってハァハァみたいなことになったら変態だと思われて幻滅されてしまうかもしれないという考えが頭をよぎる。


 ただ、幸いにして夜見さんは上下ともに薄ピンクのパジャマを着ているので生足ではない。太ももと俺の頭の間に布が一枚あるかないかでは俺の精神の安定にとって天と地ほどの差がある。


 俺は素直にこてんと横に倒れるようにして夜見さんの太ももに頭を置いた。パジャマの優しい生地の感触と夜見さんの太もも柔らかさ、そして、さっきよりも濃い夜見さんのいい香りが俺の顔を包んでいく。これだけでもかなりの癒し効果がある。夜見さんの太ももからはマイナスイオンが大量に放出されているのではと思うほどだ。


「スマホを見てるとこのあたりが凝り固まるさかいまずはほぐしますね」


 そう言うと、側頭部や耳の後ろ、もみあげの辺りなどを指で円を描くようにほぐし始めた。耳かきや綿棒で耳掃除だけをするものだと思っていたから、このマッサージは不意を突かれたものだけれど、これがとっても心地いい。スマホの画面を凝視していると無意識のうちにこのあたりに力が入ってしまって、スマホの操作を終えた後も力が抜けきらず筋肉が緊張状態にあるのだと思う。夜見さんの柔らかな手で優しく揉まれているだけで緊張から解き放たれて身体全体が弛緩していくのがわかる。


「次は耳をほぐしますね」


 側頭部が十分にほぐれると、次は耳を優しくもみ始めた。


 夜見さんの暖かな手のぬくもりが耳にじんわりと伝わってくるのと同時にふにふにともまれるとこれがとても気持ちいい。


 耳ってこうやって揉まれたりするとこんなに気持ちいいんだ。


 俺はすでにマッサージを受けている首から上だけでなく身体全体がなんだかとっても幸せな気持ちに包まれていた。きっと、今の俺の顔はとろんとした目をして顔の締りも全くなくなっているに違いない。これ以上気を抜いてしまうと半開きになった口から無意識に涎がこぼれてしまうかもしれない。


「こっち側はええ感じにほぐれたさかい、今度は反対側もほぐして耳掃除もしますね。こっち向いてもらってええですか」

「うん、了解」


 俺はこの時夜見さんのマッサージによって完全に思考が停止していたのだと思う。この耳掃除を兼ねたマッサージを始めた時に俺はソファーに座った姿勢からそのままころんと横になったので、ここまでは俺の顔は夜見さんとは反対の方を向いていた。しかし、ここで反対の耳を掃除してもらうために一八〇度回転すると、今度は俺の視界は完全に夜見さんに埋め尽くされてしまう。


 いつもなら急に夜見さんが近くに感じられて恥ずかしくなったりする。しかし、今の俺はすでに夜見さんのマッサージによって腑抜けにされてしまっているので、恥ずかしいとかいう気持ちよりも早く続きをして欲しいという気持ちの方が強くなっていた。


「ふふっ、なんだか、今日の陽さんはとっても可愛いわぁ」


 高校生にもなってかわいいなんてと思ったけれど、俺のそんな反抗的な心も夜見さんのマッサージによってすぐに溶かされてしまい、しまいにはどうして今まで膝枕や耳掃除をお願いしなかったのだろうなどという考えが浮かんでくるほどだった。


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 夜見さん攻勢はまだ続く。

 公開予定:4月2日AM6時です。

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