第65話 銭湯とスク水③

 椅子に座ると温かな湯を掛けてくれたので背中方だけがじんわりと温められる。うーたんは濡らしたタオルにボディーソープを垂らしてわしゃわしゃと泡立てていく。


「ん? そんなにこっちを見てどうかしたのぉ」


「いえ、思ったより手慣れている様子なので意外だなと思っていたところです」


「一応、普段から一人でお風呂には入っているからこれぐらいはできるよぉ」


 神様の日常生活がどんなものなのか俺の想像の及ぶところではないけれど、思っている以上に俺とそんなに変わらない日常生活を送っているのかもしれない。


 ふわふわの泡がしっかりとできたようでそれを俺の背中にまんべんなく広げるとタオルで背中を優しくこすり始めた。


「ねぇ、東雲君、さっき君は俺たちはまだそういう関係じゃないって言っていたけど、じゃあ、どういう関係なのぉ」


 前回、うーたんが俺に接触したのは夜見さんが許嫁としてやって来た日の翌日で、あれは挨拶みたいなものだったのだと思う。だけど、今日はあの時と違って俺と夜見さんの関係がどこまで進展しているのか、俺が夜見さんのことをどう思っているのかを聞きに来ている。もし、俺と夜見さんの関係が進展しないようなら本当に夜見さんが本当にキツネの襟巻にされてしまいかねない。


「どういう関係かと言われると難しいです。今の俺と夜見さんの関係にぴったりと合うような言葉を俺は知りません」


「そうかな。美月のことが嫌いではないけれど、一緒に暮らしていて、許嫁として契りを結ぶこともなく、付合うわけでもない。これではルームシェアをしている同居人とあまり変わりない気がするけどねぇ」


「ど、同居人は一緒のベッドでは寝ないですし、夜見さんは俺のために毎日お弁当まで作ってくれています。だから、同居人よりはもう少し深い仲かなと思います」


 一手でも指し間違えたら終わってしまう詰将棋をしているような気持ちでうーたんとの会話を進める。


「私はそこまでの仲なのに先に進もうとしない東雲君がよくわからないよぉ」


「俺が夜見さんに付き合って欲しいとか許嫁としてこれからもよろしくお願いしますって言えば、夜見さんはきっとこちらこそよろしくお願いしますと返事をしてくれると思います。でも、それは夜見さんの本心なのかって同時に考えてしまうと思うんです。夜見さんが俺に優しくしてくれたり一緒にいてくれたりするのは、失敗した時に襟巻にされるのが嫌だからじゃないかって考えてしまうんです。俺は夜見さんと一緒にいられることは嬉しいですが、夜見さんが同じ気持ちでないならば、それは俺が望んでいるものでは――」


 ざっばーん。


 俺が話している途中でうーたんは背中についた泡を流すべく桶に汲まれたお湯を滝のように落とした。


「君という人間は大胆なのか慎重なのか……、それとも、ただの臆病なのか。まあ、ちょっと冷えただろうからこっちで温まろうよぉ」


 うーたんは面倒くさいというような顔で俺の方を見ながら手を取って湯船の方へ連れていく。


 まずい、丁寧に話したつもりだったけどうーたんはご機嫌斜めのようだ。このまま選択肢を間違い続けると取り返しがつかないところに進んでしまう。


 でも、どうすればいいのだろう。相手は見た目は幼女で中身は神様だ。付け焼刃のような言い訳をしたってきっと見破られる。


 二人が並ぶようにして湯船で足を伸ばそうとしたが、うーたんの身長では俺と同じように足を伸ばすと鼻が水面よりも下にきてしまう。そこでやむをえず、俺の向かい側の段になっている所に腰掛けるようにして湯に浸かっている。


 そして、お互いにふーっと息を吐いたところでうーたんが右手の人差し指を立て俺と視線を合わせた。


「東雲君にここで一つ提案があるけどどうかなぁ」


 ― ― ― ― ― ―

 連日、ブックマークや★★★評価★★★、応援をいただきありがとうございます。

 なぜだろう、健全なお風呂のシーンのはずなのに悪いことをしている気がするのは……。

 公開予定:3月25日AM6時です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る