第64話 銭湯とスク水②

 えっ⁉ どうして誰もいないんだ。


 ぽこぽこというお湯の音以外がしない浴室はちょっと不気味な雰囲気さえある。いったい何が起きたのだろう。


「やほー、東雲君元気ぃ?」


 脱衣所と浴室とを隔てるガラスの引き戸が急にがらりと開けられたのと同時に男湯には似つかわしくない甘いロリッ娘ボイスが響き渡った。声の主は先日のような猫耳パーカーではなく、胸の部分の名前を書くところに大きくうーたんと書かれた紺色のスクール水着を着ている。


「う、うーたん!? どうしてここにというか、宇迦之御魂神うかのみたま様って呼んだ方がいいですよね」


 見た目は小学生の女の子だけど夜見さんの話ではうーたんは全国の稲荷神社に祀られている神様ということだ。そして、夜見さんが許嫁として俺のところに来ている御利益の責任者でもある。ぞんざいな扱いをして機嫌でも損なわれては困るというものだ。


 スク水姿の神様はグーにした両手を顎の下に持って来て、

「私と東雲君の仲なんだからぁ、うーたんって呼んで欲しいなぁ」


 うわっ、うざいし、面倒くさい。でも、可愛い。もしかして、俺はあざと可愛い系に弱いのか。


「えーっと、それでは、うーたん、ここには俺とうーたんしかいないようだけど他のお客さんはどこにいったのでしょうか」


「東雲君はそういうところ気にするタイプ? だって、他のお客さんがいたらきっと私のことをみんなじろじろ見てくるから……、もしかして、私が他のお客さんに見られて恥ずかしそうにしている姿をニヤニヤしながら見たかったのぉ?」


 どうしよう。前回会った時より数倍面倒くさい。というか、うーたんの中で俺はどんだけ変態に思われているのだろう。


「俺にそんな趣味は全くないから! 誰だって急に自分の周りから人がいなくなったら驚くし気にするから」


「そんなに驚かなくても、さっきまで東雲君がいた空間から君だけを切り離してこっちに連れて来ただけだよぉ。うーたんにかかればこのくらいちょちょいのちょいだね」


 やっぱり、機嫌を損なわせないようにしないと指パッチン一つで生物の半分を消し去るくらいのことができるかもしれない。


 そして、俺はこのタイミングでやっと自分が全裸だということを思い出して、すぐ近くに置いてあった風呂桶で俺のプライベートな部分を隠した。


 うーたんは俺が慌てて隠している様子を一度首を傾げながら見て、こっちの気持ちを解したのか腰に手を当ててえっへんというポーズをしながら話した。


「東雲君、私は君の裸を見たって欲情なんかしないから安心していいよぉ。それにここで泣いたり、呻き声を出したり、喘ぎ声を出しても誰にも聞かれないから大丈夫だよぉ」


「後半の説明でむしろ身の危険を感じるわ。ところで、今日はどうしてこちらにいらしたんですか」


「日頃お疲れの東雲君のために背中でも流そうかと思ってねぇ。美月はそんなことしてくれないでしょ」


 なにこのメインヒロインから色仕掛けで主人公を奪おうとするキャラのテンプレ台詞。絶対に暇を持て余して俺をからかいに来ているだけだろ。疲れている俺を癒すようなことを言っているけど、こちらはうーたんの相手で倍ぐらい疲れてしまう。


「そりゃ、夜見さんとは一緒にお風呂に入りませんから」


「まだ一緒にお風呂も入っていないのぉ。そろそろ気持ちが切り替わってきたかなと思ったんだけどねぇ。やっぱり、東雲君は美月じゃ嫌なのかな」


 まずい、俺が夜見さんを嫌っているとか思われたらバッドエンドまっしぐらだ。


「そ、そういうわけじゃないです。俺たちはまだそういう関係ではないだけで……」


「ふーん、まあ、いつまでも水風呂に入ったままじゃ寒いだろうからこっちおいでよ。背中を流しに来たというのはほんとだからねぇ。私に背中を流してもらえるなんて人類史上でも数少ないよ」


 過去にいったいどんな偉人がうーたんに背中を流してもらったのかはわからないけど、うーたんの言うとおりで、ずっと水風呂では風邪を引いてしまうかもしれない。水風呂から出て洗い場の方に向かうとカランの前に椅子を用意したうーたんがどうぞと待っていた。この場面だけを切り取って写真に収められたら俺は問答無用で御用になるだろう。


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 夜見さんとのお風呂でのイチャイチャを期待していた方ごめんなさい。

 公開予定:3月23日AM6時です。

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