第63話 銭湯とスク水①(ここから陽君視点)

 お風呂のシーンでのかぽーんという効果音は高橋留美子先生が始めたものらしいけど、実際にお風呂に入ったり銭湯に行ってもかぽーんという響きのいい音にお目にかかることはなかなかない。


 そんな至極どうでもいいことをぽやぽやと考えながら、いつもより少し熱めのお湯の中で足を伸ばすと、背中と足裏のあたりからは勢いよくジェットバスの気泡が噴き出し疲れた身体をほぐしてくれる。


 いくら大沼荘よりも高級なマンションに引っ越したとはいえ、俺と夜見さんの住んでいるマンションのお風呂にはジェットバスは付いていない。


 今、俺がいるのは住んでいるマンションから歩いて数分のところにある近所の銭湯だ。


 ここは大沼荘に住んでいたころから利用していて、ジェットバスだけでなく電気風呂やサウナまであるので疲れた時などはよく利用している。


 今日は特別疲れているというわけではないけど、ちょっと考え事をしたいなと思って銭湯にやって来た。夜見さんが許嫁として派遣されてきた日もそうだけど、自分はどうやらお風呂で考え事をするのか好きなようだと最近になって気づいた。


 ちなみに、女湯には夜見さんがいる。最初は一人で銭湯に行くつもりだったけど、夜見さんは銭湯に行ったことがないらしく是非経験してみたいということで一緒に来たところだ。天井を共有し、壁一つ向こうで夜見さんがお風呂に入っているのかと思うと何だかドキリとした気持ちになる。いつも同じ部屋に住んでいるのだから脱衣所への扉と浴室への扉を隔てた先で同じようにお風呂に入っているわけだけど、それとこれとでは感じ方が全然違う。


 ダメだ、ダメだ。そういう破廉恥なことを考えるためにここに来たんじゃない。


 俺が今考えなきゃいけないのは、夜見さんとの今後の生活をどうするかということだ。


 早いもので夜見さんと髪を切りに行ってから二週間くらいが経っている。


 あの日から数日間、夜見さんはなんだかもじもじとしてあまり俺と目を合わせてくれなかった。夜見さんのそんな姿は暮方さんにとってかっこうの御馳走になったようで、美月がこんなに乙女で可愛いなんてと撫でまわしながら愛でていた。


 これで少しは散髪代の足しになったと思う。


 俺の髪型は暮方さんにも好評のようで、やっぱり私の目に狂いはなかったと自画自賛していた。暮方さんや夜見さんからこれだけ好評なのだから急にモテ期がくるんじゃないかと心の隅でほんの少しだけ期待したけどそんなことはなかった。どうやら俺にハーレム展開はないようだ。


 こんなふうに、最初の数日だけ変化があっただけで、その後は特に何もなく、俺と夜見さんの生活も落ち着いたものとなった。


 逆に言うと、俺と夜見さんの仲は何も進展がないまま二週間が過ぎたことになる。年頃の男子高校生が銀髪碧眼の美少女とトータル三週間近く一緒に暮らして、同じベッドで寝ているのに全く手を出していないことを読者諸賢にあっては大いに褒めて欲しい。


 これは決して俺が枯れているとか、女の子に興味が無いというわけではない。


 夜見さんと許嫁の契りを結ぶほどの勇気や覚悟のない俺がなけなしの理性を振り絞って、歯を食いしばって耐えているだけだ。


 ひとえに耐えることができているのは俺の頑張りだけでなく、夜見さんが相変わらず俺に対して、好きですとか愛しています等の直接的な言葉を言わないからだろう。


 きっと耳元で好きとか囁かれたらお祭りの屋台にあるヨーヨー釣りのこより程度の理性がぷつりと切れてしまうにちがいない。


 ちょっと熱くなってきたので、身体も頭も冷やそうと思って、一度水風呂に入ることにした。腰まで入ってから息を止めるようにして肩まで水に浸かれば、身体がキーンと一気に冷える。


 今の生活を解消することは夜見さんが襟巻にされてしまう最悪のバッドエンド。夜見さんと許嫁の契りを結ぶのもなんだか違う。だって、御利益達成のためというこで夜見さんを一生俺に縛り付けておくなんて悪い気がしてならない。でも、いつまでもずるずると今の関係を続けることも出来ないだろう。


 あー、完全に手詰まりだよな。どうしたらいいんだろ。


 頭までもっとしっかり冷やした方がいいのではないかと思って、手で鼻を摘まむとそのまま頭まで水風呂の中に沈んだ。五秒ほどしてから浮上するとさっきまで洗い場や湯船にいた他のお客さんたちがみんないなくなっていて、静まり返った浴室に俺だけがいた。


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 お風呂回なのに陽君しか出てこないって怒らないでください。次回は題のとおりスク水女子登場です。

 公開予定:3月21日AM6時です。

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