第56話 父と娘(夜見さん視点)

 あの件があってからお父さんとはずっと最低限の会話しかしていなかったからメッセージのやり取りなんて皆無に近いものだった。そんな関係だったので何か実家で問題でもあったのかと思って急いでアプリを起動させてメッセージを確認した。


 幸いにして、家族に何かあったわけではなかったが、私にとっては来るべき時がついに来たという内容だった。


『連続参拝五〇〇〇日達成による御利益のための許嫁選定会議が年末に開かれる。美月も許嫁の候補として名前が挙がっているが会議に参加するか?』


 父親から娘へ送られてくるメッセージというよりは事務連絡のような文面だ。


 まだ、進路に悩んでいた時にうーたんから言われていたけれど、うちはまだ候補者に残っていたようだ。学校で陽君に見向きもされなかったから選外になっているのではとハラハラしていた。


 きっとこれが最後のチャンスや。


 陽君と大久保さんのことはこれからどうなるかわからない。でも、自分が許嫁に選ばれなければ、そこで終わってしまう。うち以外にどんな子が候補になっているかはわからないけどやるしかない。


 お父さんにはすぐに自分が会議に参加することを伝えると、翌日には会議の開催日時や場所が送られて来た。場所は地元である京都、開催は年末ということなので、帰省もするからちょうどいい。


 当日は新幹線で京都まで戻り、会議が開催される会場まではお父さんの車で向かった。


 会議に参加するのは許嫁候補に挙がっている子たちだけではない。むしろその親の方が中心だ。お父さんの話だと候補に挙がっても本人は参加しないで親だけが来る家もあるということだ。


 時代がもっと昔ならば、家と家との繋がりの結婚や政略結婚のようなことも多くあったから自分の意思ではなく、両親が決めた相手と一緒になることも普通だったかもしれない。でも、今を生きている自分たちからすれば全然知らない人となんてと考えてしまう。


 うちだって、相手が陽君やなかったらいやや。きっと丁重に辞退を申し上げる。


「同じ学校に通っていて、声も掛けてもらえないのに本当に許嫁としてやっていけるか」


 車の運転をしているお父さんは視線を前方に向けたままこちらをちらりとも見ずに言った。


 お父さんは全部知ってる。うちが真司郎さんから陽君が東京の学校に進学するのを知って、それに合わせるように進学したといことを。


「そうれはそうやけど、それはきっとうちが接触すること禁止されてるさかい、普段から距離を取るようにしてることが原因や思う」


 思いっきり虚勢を張った。今ここで自信のない言葉を言えば、きっと会議でも上手く意見することができない気がした。


「ねえ、お父さんはうちが許嫁になることをどう思てる」

「俺はあの時に東雲君の記憶を消した判断は今でも間違っていなかったと思っている。家族を守るためにはあれが最善の方法だ。でも、あの時のことと今回の許嫁の件については別だ。美月が本気で彼とともに幸せになれると考えているなら、俺は美月の背中を押す。言っておくが、これはママゴトじゃない。役目を受けてから途中で放り出すなんてことはできない。だから、まだ高校生の美月が背負うにはちょっと重いんじゃないのかということを俺も母さんも心配してる」

「それなら大丈夫。この時のためにずっと準備してきたさかい、うちは他の子より上手くやれる」


 うちがそう言うとお父さんはちょっとだけふふっと笑ったような表情をした。何か変なことでも言っただろうか。それとも久しぶりに娘と会話をしたことが嬉しかったのだろうか。

 

 それからそうかそうかと噛みしめる様に言った後、ダッシュボードを開けて中にあるファイルを取り出すように言った。


 そのファイルの中には今日の会議に出席する許嫁候補になっている子たちのリストや陽君の情報について書かれた書類が入っていた。


「今回の候補者はそのリストにあるように全部で五人。ただ、その五人全員が乗り気なわけではない。むしろそうでない家の方が多い。美月のように自身が許嫁になってもいいという子がいなかったら、誰かを生贄のように差し出すような責任の押し付け合いの会議になったかもしれない」

「それって、うち以外に許嫁になりたいっていう子が他にいないっていう意味?」

「いや、そういう意味じゃない。俺の知っている限りでは、もう一人……と言うかもう一家族乗り気なところがある。だから、美月がなりたいといってもすぐに決まるわけではないと思う。それに他にもいろいろな意見が出てくる可能性も十分にある」


 このご時世にうち以外に陽君の許嫁になりたいと思うような家があるんや。ということはそこの家の子ではなく、その親が乗り気ということだ。


 ここまで考えてた時に再びうーたんと話した時のことを思い出した。候補者の家の中には娘を許嫁として差し出すことでうーたんに忠誠や貢献を示そうとしている家があるという話だ。


 本人の思いやのうて政治みたいな駆け引きがあるんやろうか。


 この会議にはいったいどんな魑魅魍魎がいるのだろうという不安と、ここまで来たのならもう引いてなるものかという気持ちを抱きながら、もう一度お父さんの横顔を見るとなんだかちょっとだけ楽しそうにも見えた。


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 次回更新は1月29日午前6時の予定です。

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