第53話 劇的ビフォーアフター【後編】

 そのあとは、俺と夜見さんのことをちょっと意識したのか、最近、お姉さんの娘さんが某テーマパークに行きたいとせがんでいるという話をされたのけど、俺的には大久保さんのことが思い出されてしまい、ひきつった笑顔を浮かべてしまった。


 そうしているうちにカットは無事に終了。俺が見てもかなりさっぱりとしている。これなら暮方さんだってもう野暮ったいと言わないだろう。


 シャンプーをして髪を乾かし、ワックスで整えてもらって全行程終了だ。ちなみに、髪を切る前に肩が凝ったなんて言ったから、髪を乾かした後に肩を念入りに揉まれた。


「はい、これで全て終わりです。お疲れ様でした。かなりさっぱり切ったから雰囲気だいぶ変わりましたね。アドバイスくれた彼女に感謝ですね」


 鏡に写る自分の姿はもちろん見慣れたものである。もちろん髪を切ってさっぱりはしているが、土台の方はいじっていないので上物をいじったところでたかが知れている。


 野暮ったさはなくなったが、自分を守っていた鎧の一部も取り払われたような気がしてちょっと落ち着かない気もする。


 最後にお会計だけど、お店の人から言われた金額は千円だった。いくらなんでも暮方さんの紹介とはいえ安過ぎる。


「残りの金額については、事前に茜さんから頂いておりますので――」


 えっ、なに、その太っ腹会計っぷり。でも、さすがにそこまでされては悪い気もする。


「――あと、こちらのメッセージカードを預かっていますのでどうぞ」


 お姉さんから渡された二つ折りのシンプルなメッセージカードの外側には丁寧な文字で渡されたらすぐに読むことと書かれていた。メッセージアプリもあるのにわざわざカードで何を伝えるのだろう。


 カードを開くと筆ペンで書いたのだろうか草書体のような崩した文字でメッセージが書いてあった。


『東雲君へ、先日は体育館倉庫の件で美月が嫉妬してごめんね。そのお詫びもかねているので気にしないでください』


 これ本当に暮方さんが書いたのだろうか。イケイケギャルからもらったメッセージカードに草書体でこんな丁寧なメッセージというのはあまりにアンバランスだ。もしかして、暮方さんって見た目がギャルっぽいだけで本当に小さい頃からお嬢様教育を受けていたのかもしれない。


 カードを閉じるとカードの裏側にも一言添えてあった。


『代金からお詫びを差し引いてもまだたくさん余っているからこれからも楽しませてもらうね』


 うん、間違いない。こんなことを書くのは暮方さんだ。でも、楽しませてもらうっていうけど、俺は見せ物じゃないからな。


 理髪店を出て、同じフロアのカフェスペースに向かうと、長いテーブルの端の席で課題をしている銀髪の美少女がいた。


「夜見さん、お待たせ」


 突然声を掛けたから驚かしてしまったようで、夜見さんは俺の姿を見て「ふえっ」という不思議な声を出しながら持っていたシャーペンをぽろっと床に落としてしまった。


 俺はシャーペンを拾い上げて渡すと、空いていた夜見さんの隣の席に座り、広げているテキストを見た。


「それ、今日出された古典の課題? 後で教えてよ」

「あ、あ、えっと、その、陽さん、あんまりこっちを見んといてください」

「そ、そうだよね。やっぱり課題は自分でやらないといけないよね」

「い、いえ、そういうわけやないです。その、なんと言うたらええか……、かっこようなったと思います。だから、あんまり見られると恥ずかしいわぁ」


 頬をさくらんぼのような色に染めた微熱っぽい顔で囁く夜見さんからの褒め言葉がきゅっんと俺の心に刺さるのと同時に体温を上昇させた。


 お店で鏡を見た時はこのくらいの長さにするの数年ぶりかななんて思ったくらいで、特別かっこよくなったとか思わなかったけど、夜見さんにこんな風に言われると嬉しい。


「あ、ありがとう。俺も飲み物買ってこよう。今日はアイスコーヒーにでもしようかな」


 夜見さんからの会心の一撃で耳まで熱くなってしまったから冷たいものがいい。期間限定のフラペチーノも美味しそうだけど、それを飲むと夜見さんのおいしい夕食に差し障りがありそうだからこのくらいにしといた方がいいだろう。


「今日はアイスカフェオーレやのうてええの?」

「最近はコーヒーも飲めるようなったから。そういえば、俺がアイスカフェオーレが好きって話したっけ?」


 自分で言ってから思い出したけど、お風呂上がりにも夜見さんはアイスカフェオーレを出してくれてたっけ。


「えーと、それは……、う、うちは陽さんの好きなものはちゃんと把握してます。学校でも紙パックのカフェオーレよく飲んでいるさかい」


 そうか、直接は話さなくても……、それって、前から夜見さんが俺のことずっと観察してたってことだよな。夜見さんとは同じクラスになって一月ちょっとだけど……。

 これまでに勝又としていた馬鹿話を聞かれていたかもしれないと思うと、さっきとは別意味で恥ずかしくなってきたので、足早に注文カウンターへと向かった。


― ― ― ― ― ―

 連日、ブックマークや★★★評価★★★、応援をいただきありがとうございます。

 思い出の味だからもちろん夜見さんは覚えています。

 次回から再び夜見さん視点で許嫁選抜編です。

 次回更新は1月26日午前6時の予定です。

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