第50話 怪しい関係(後編)
どうして、暮方さんの香りが俺の顔や頭からするんだと考えたが、思い当たる節はただ一つ。体育の授業後に倉庫で暮方さんが俺の髪をかき上げた時だ。
夜見さんは俺を疑っているのか目は下半分の半月形になっている。いわゆるジト目と言うやつだ。
じーっとした視線を送りながらゆっくりと俺の方に顔を近づけて来たかと思ったら、耳の辺りに顔を近づけてクンクンとしている。その度に微かな鼻息が耳をくすぐりこそばゆい感覚に襲われる。
しかし、冷静に考えれば、何も焦ることはない。本当のことを言えばいいだけだ。あの場でやましいことなんて何もなかったのだから。
人のいない授業後の体育館。
俺と暮方さんだけの倉庫。
俺の髪を手櫛でかき上げて見つめる暮方さん。
……ダメだ。怪しい匂いしかしない。ラブコメ漫画ならその後はお決まりのなぜか入口が閉まって鍵をかけられる。そして、助け出されるタイミングでマットに押し倒されているまでがセットだ。
俺と暮方さんにはそこまでのラブコメイベントは発生しなかったけど、夜見さんに疑われるには十分なイベント発生している。
どうする。あの時のことを正直に話すか、それとも上手いこと誤魔化す何かいい方法があるか。
俺の目の前には恋愛シミュレーションゲームの選択肢のようにこの後の行動についての選択肢が浮かんできている。
「えっと、それはきっと体育の授業後の片付けの時に暮方さんが俺の髪をかき上げて髪をさっぱり切った方がいいって話をしたからじゃないかな」
俺は正直にそのままを話すことにした。きっと、適当な誤魔化しでは夜見さんに見破られる気がするし、嘘をついたことがきっと自分の心に引っかかるとも思ったからだ。
「ふーん、それはこないな感じ?」
夜見さんはあの時の暮方さんと同じように俺のこめかみ辺りから手を滑らせ髪をかき上げた。
「そうそう、こんな感じ。いきなりこんな風に髪をかき上げられて、意外といい男だよねみたいに言われて驚いたんだ」
どうだろう。嘘は言ってないし、やましいこともしてないからきっと夜見さんの疑念も晴れるはずだと思うのだけど。
「さすが茜やわ。陽さんがええ男やとわかるなんて。でも、体育の後の倉庫で二人きりなんてえらい楽しそうやな」
あれ? 俺は選択肢を間違えたのだろうか。夜見さんの目のハイライトがすぅーっとオフになっていくような気がする。
そして、夜見さんは手を滑らすように降ろしていき、肩を掴むとそのまま体重をかけるようにして俺をソファーに押し倒した。
「よ、夜見さん、何を――」
「そういえば、体育の時に茜の胸を見ながら、女の子の胸には夢が詰まっていると言うてたけど、あれはどないな意味なんやろか」
このことすっかり忘れていた。もちろん、あれは勝又の乗せられてしまっただけで、決して俺が巨乳好きというわけではない。でも、こんなことを言うと、逆にうーたんのようなぺったんこの方がいいのかと思われるかもしれないけど、もちろんそんなことはない。だって、俺にはロリ属性はないはずだから。
「あ、あれは言葉のあやというか、本心ではないというか……」
「ほんまに?」
「……うん」
夜見さんの手は相変わらず俺の肩を押さえているので、俺は寝技を掛けられているかのように起き上がることができなく標本の昆虫のようにソファーに貼り付けられたままだ。そんな俺の耳元で夜見さんが囁く。
「幼馴染のメイドとのドキドキルームシェア生活」
「な、なんでそれを!」
幼馴染のメイドとのドキドキルームシェア生活とは、俺が所有するファンタスティック作品の中でも一番のお気に入りで、引越しの荷物を片付けた時に本棚に上手く隠したはずなのにどうして知っているんだ。ちなみにヒロインのメイドさんは立派なたわわである。
「それは、うちの荷物を整理した時に陽さんの教科書が置かれているところにちょっと違和感を感じて……、陽さんはあのメイドさんみたいにちょっと悪戯っぽい感じが好きなんかいな」
「えっと、あ、あの本は夜見さんが来る前からあったやつで……」
やばい、もう言い訳が見つからない。というよりなんて言っていいかわからない。あの本を見られたなんて、しかもちゃんと内容を覚えてるみたいだし。こうなってしまってはまさに〝くっころ〟だ。
「うちは茜やあのメイドさんみたいに胸は大きくはないさかい。でも、これから陽さんにはキツネ娘のええところいっぱい教えます」
えっ!? ちょっと夜見さん、まだ夜じゃありませんよ。それに尻尾をそんなにぶんぶん振って、ん? 尻尾をそんなふうに使うのはちょっと反そk――。
このあと我が家には俺の声なき悲鳴がこだました。
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ついにストックも尽きてここからはガチンコ勝負で書いていきます。
次回更新は1月23日午前6時の予定です。
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