第49話 怪しい関係(前編)

「はぁぁー、疲れたー」


 帰宅すると制服のままソファーに倒れ込んだ。


 どうやら今日は厄日だったらしい。


 お昼のお弁当の件以降、どうしてお前がそんなに夜見さんと仲良くしてんだという圧を纏った視線が飛んできて、それがチクチクと刺さってきたし、体育の授業では夜見さんから冷たい視線を向けられ、男子からは殺人バスケにいざなわれた。


「お疲れ様です。お茶でも入れるさかい手洗って、着替えてください」


 一緒に帰って来た夜見さんは先に手洗いを済ませキッチンで湯を沸かしている。


 手洗って、着替えなさいって台詞はなんだかオカンみたいだ。ただ、オカンに言われた時と違うのは俺が素直にはーいと返事をして従うというところだろう。


 言われたことを済ませてソファーに戻るとちょうど夜見さんが紅茶を持って来てくれたところだった。


 夜見さんは二人で座るには余裕のあるソファーなのに拳二つ分くらいの間隔をおいて隣に座った。肩が触れることはないがちょっと近い気がする。


 自分のすぐ隣に夜見さんがいるという日常にまだ慣れない。何というかとても壮大にキツネに化かされているんじゃないかと今でも思ってしまう。


 ふーふーと冷ましながら紅茶を飲んでいる夜見さんはキツネ娘というよりリスなどの小動物のようで見ていて飽きない。


「ん? うちの顔に何か付いてますか?」

「ううん、何も付いてないよ。ふーふーって冷ましているから猫舌なのかと思ってさ」


 夜見さんを見ていたことがばれるのが恥ずかしくて咄嗟の嘘で取り繕う。


「猫舌かというと普通の人と同じくらいやと思います。まだ淹れたてやさかい、陽さんも気ぃ付けてください。……あと、これは別にやきもちとか嫉妬とかではないんやけど、陽さんは茜とはいつから仲ようなったんですか」


 もにょもにょと後半は声がどんどん小さくなっていくように話した。


 俺は別に暮方さんとは仲がいいわけではない。それこそ、今までは夜見さんと俺が同じクラスでもほとんど話さなかったのと同じくらい暮方さんとも話したことはなかった。俺も勝又も日陰でこそこそ生きているダンゴムシのようなものなので、キラキラとしてランウェイを歩くような暮方さんとは住む世界が違っていた。


「別に暮方さんとは特別仲がいいわけではないよ。今年から同じクラスだけど昨日までほとんど話したことなかったから」


 夜見さんは持っていたカップをテーブルに置いてから身体を俺の方に向けて、じっと俺の目を見ながら話した。


「その……、陽さんを疑ってるわけやないけど、うちは普通の人より鼻がきくさかい、陽さんの顔や頭の辺りから茜の香りがするから……、その……」

「えっ⁉」


 俺もカップをテーブルに置いて、焦るように顔や頭を拭ぬぐって、その手を鼻にやったところで気付いた。この行動って浮気がばれた時の行動ぽくない?


「えっと、夜見さん、これは違うんだよ。別に暮方さんとやましいことは何もなかったから。本当、信じて」


 ああ、人って焦るとみんな同じようなこと言うものだね。まさか、自分がこんなテンプレのような言い訳を言うなんて思わなかった。


「でも、なんでそないな所から茜の匂いがするんやろなぁ」


 ― ― ― ― ― ―

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 次回更新は1月22日午前6時の予定です。

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