第48話 暮方さんの香り

 体育館の倉庫は整理が十分に行き届いているとはいえない状態だったので、ゲームの倉庫番のように片付ける物の順番を考えて順序よく片付けないといけない。


「ありがとう、助かるよ。それにしても付合ってもいないのに美月にお弁当まで作ってもらうなんて、東雲君は美月となのかな。昨日は東雲君が振られたのを美月が慰めて仲が良くなったって言っていたけど、それ以上のお友達みたいだし」


 昨日の突然の尋問に続き、どうやら、暮方さんは俺と夜見さんの関係に疑念を持っているようだ。でも、そう思ってもしょうがない。昨日は一緒に買い物をしているレベルの仲だったのに今日はお弁当まで作ってきてくれている。これで付き合っているなら納得のいくところだろうが、そうではないのだから俺たちの関係について怪しむのは普通だ。


 だけど、許嫁として派遣されて来たけど答えを保留しているなんて言えない。


「どういうお友達かと言われると何と言っていいか……、それに今日のお弁当は俺がお願いしたわけじゃなくて完全にサプライズだったし」

「うーん、言われてみると、美月がお弁当を作ってきたって東雲君に話した時のリアクションは完全に不意と突かれたって感じだったもんね。ということは怪しいネタで脅したりしているわけじゃない?」

「当たり前でしょ。暮方さんは俺をどんな人間だと思っているの。」


 すると暮方さんは怪しい実験をしているマッドサイエンティストのような薄気味悪い笑み浮かべながら、

「グフフ、この秘密をバラされたくなかったら、俺の言うことを聞くんだ的なやつかと」

「暮方さんの中で俺のイメージってそんな感じなの」

「だって、東雲君ってさ、髪が伸びててちょっとそんな感じじゃん。ん? ……でも、さっぱりと切ると結構いけてる感じになるかな」


 暮方さんはすっと近づくと手を伸ばして、俺の髪をかき上げた。髪を滑る指の感触がくすぐったい。二人の距離が近くなったことで、彼女の香りがふわりと飛んでくる。どうして体育の後なのにこんなにいい香りがするのだろう。いや待て、暮方さんからはいい香りがしているかもしれないけど、俺は絶対に汗臭い。


「く、暮方さん何をしてるの?」


 手櫛で髪をかき上げられ、暮方さんに値踏みをされるように見られる。


 きっと俺が唾を飲み込む音が彼女にまで聞こえているのではないかと思う。


「何って、東雲君は意外といい男なのにもったいないなと思ってね。もう少しさっぱりすっきりした方がいいのにな」


 暮方さんは目を細めたまま片方の口角を少しだけ挙げてニっと笑った。


「褒められるのは嬉しいけど、褒めたって何もでないよ」

「チッ、うめい棒の一本でも出るかと思ったのに」


 俺の頭からぱっと手を離すと、そのままきゅっとターンをきめて続けた。


「さっ、そっちのバスケットボールも片付けて早く着替えないと」


 いったいこの人はなんなのだろう。からかったり、まじめな話をしたり、急に距離を詰めてきたり……、でも、暮方さんの悪戯っぽい無邪気な笑みがそれを全て許してしまう。


 二人で片付けを済ませて、体育館を出たところで俺は暮方さんにぽつりと聞いた。


「暮方さん、付合っていない男友達にお弁当を作るって、女子的にどうなの?」


 俺の問い掛けに驚いたような表情を一瞬浮かべて、

「乙女にそんなこと聞くなんて野暮ってもんだよ」


 それだけ言うと、そのまま駆け足で更衣室の方へ行ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る