第47話 女の子の胸には男の夢が詰まっている(後編)

「ああ、男の夢があの胸には詰まってる」


 ――ぞくっ


 急に悪寒が走るような気がしたのと同時に視線を感じたのでそちらの方にゆっくりと顔を向けると……。


 夜見さんがいた……。


 あー、これ、絶対にやばいやつだ。


「ふーん、陽さんも女の子の胸に夢が詰まっていると思ってはるの? うちのじゃ足りひんかな」


 夜見さんは体操服の襟に指を掛けて自分の胸を確認している。


 そして、座っている俺を見下ろすその目は、明らかにハイライトがオフになっている。


「べ、別に夜見さんが小さいとかそういう意味ではないよ。ねえ、勝又」


 さっきまで勝又がいた方を向くとそこには誰もいない。


 は、謀ったな勝又!


 もはやこれでまでと思っていると、夜見さんがしゃがんで耳元で囁いた。


「今夜、女の子の胸の中に何が詰まっているか、教えてあげるさかい覚悟してな」


 吹きかけられる吐息に身体がびくっと反応してしまう俺を夜見さんは悪戯な笑みを浮かべながら見ている。


 ピィィィィ――


 試合の終了を告げる笛の音がちょうどそのタイミングで響いた。これから俺は再びコートに戻らないといけない。


 あれ? どうしてみんなそんなに殺気立った目をしているの?


 えっ!? 俺と夜見さんが授業中もいちゃついているって! 


 だ、だからそんことないって、第一、俺と夜見さんは付合ってもないし、ちょっと仲がいいだけだから。


 ねえ、パスの時のボールの投げ方おかしいよね。それ、ドッジボールやハンドボールの時のやつだよね。


 せ、先生も楽しんで見てないですか。


 へっ!? 先生も秘かに夜見さん推しだった!? 教職者がなにカミングアウトしてんですか。


 そのあと、バスケットボールという名の俺への怨みぶつけ合いが始まった。


 ●


 体育の授業で『いのちをたいじに』という作戦を使う日がやってくるとは思わなかった。次から次へと飛んでくる殺人パスを避けつつ、ドリブルなのかタックルなのかわからない攻撃をかわしていた。もはや、戦場コートにいるのは敵か味方ではない。敵と敵だ。


 結局、授業が終わる頃には殿しんがりを務めた落ち武者のようにボロボロになっていた。致命傷こそ負っていないものの殺人パスを何発か食らってしまった。


 いつもより必要以上に動いたせいで汗だくになってしまったから早いとこ更衣室に行って着替えたいと思っていた。しかし、こういう日に限って、授業で使ったボールや得点板を片付ける当番だったりする。


 みんなが去って行った体育館でボールの入った大きなかごを押しながら倉庫の方に運ぶ。


 まあ、このぐらいの作業ならたいしたことない。さっさと終わらせてしまおう。


 倉庫の入口まで来ると体育館の反対側から暮方さんが俺と同じようにバレーボールの入った大きなかごを押しながらこちらにやって来た。きっと女子の方の当番は彼女なのだろう。


「おっつー、今日は災難だったね。美月のお弁当の代償は大きかったってところかな」


 俺と違ってまだまだ元気が有り余っているようで足取りは軽く、むしろ、ちょっと身体を動かしてストレス発散くらいの様子だ。


 俺があんな目にあった原因のいくらかは暮方さん絡みだからね。そう思うのと同時に夜見さんのあのハイライトオフの視線を思い出した。


 夜見さんってけっこう嫉妬深い気がする。でも、襟巻にされるのがかかっているから嫉妬というよりも必死という方がいいのかもしれない。


「お弁当であの代償なら、付合ったりしたら、鯉のぼりの代わりに吊るされそうだよ」

「なにそれ、想像したらウケるんだけど。東雲君ってそういう冗談も言うんだ」


 暮方さんはお腹を押さえて笑っているけど、鯉のぼりみたいに吊るされるってけっこう残酷だと思わない? それに俺は今日に限らず冗談ぐらいは言う。陰キャで根暗でオタクだと元カノに酷評されたけど、勝又と話している時なんてほとんどが冗談だ。でも、暮方さんがそんな風に思ったのはこれまで同じクラスでも夜見さんや暮方さんのいるキラキラしたグループと接点がなかったからだろう。


「ちょっとくらいは言うよ。それより暮方さん、そのボールの入ったかごを片付けるでしょ。きっと大きさ的にそっちを先に入れてから俺の方のかごを入れた方が綺麗に片付くと思うから手伝うよ」


 ― ― ― ― ― ―

 連日、ブックマークや★★★評価★★★、応援をいただきありがとうございます。

 暮方さんと二人きりの体育館倉庫……

 次回更新は1月20日午前6時の予定です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る