第42話 お弁当パニック(後編)

 俺と勝又の間に割って入って来たのは暮方さんだった。てっきり、暮方さんは夜見さんを囲んでいる女子達の中にいるものだと思っていたから急に現れて驚いた。


「――あんたいつもそうやって、妬み嫉み怨みとすけべ心だけで生きてるから東雲君みたいにお弁当を作ってくれる人が現れないし、バレンタインデーもお母さんからしかチョコもらえないのよ」

「今、バレンタインデーのことは関係ないだろ」


 暮方さんが勝又に対して俺よりも当たりが強いのは、普段から暮方さんの魅惑のボディを勝又がジロジロと見ていて、それを暮方さんがいじるというという日常があるからだろう。


 俺は助かったと思って一瞬ほっとしたけど、次の瞬間にはお弁当を持っていない方の手を暮方さんに掴まれてしまった。


「さあ、東雲君もこっちで一緒にご飯食べよう。美月が東雲君のために作ってくれたお弁当私も見たいんだよね」


 これはつまりあれか、勝又が仕留めようとした獲物を暮方さんがかすめ取っていったというところか。これじゃあ、俺は全然助かったことにならないじゃん。


 昨日と同じように俺は暮方さんに連れられて、夜見さんの席の隣りに座ることになった。ちなみに暮方さんは夜見さんの前の席なので、自分の机をぐるっと一八〇度回転させて、夜見さんの机にくっつけた。


 夜見さんの周りにいた女子達にはあとは私が聞いとくから、ここは若い二人にゆっくり弁当を食べさせてやってと話して解散をさせた。


 二人でゆっくりとか言ってるけど、ちゃっかり自分は俺たちの間に入って、代表記者のように根掘り葉掘り聞きたいだけじゃないのだろうか。解散した女子やいまだに殺気を放っている男子は各々の昼食を広げているものの耳はこっちの方を向いていている。


 お弁当の包みをほどいて弁当箱の蓋を開けるだけの作業なのにやたらと注目されてやりにくい。間違いなく俺の学校生活史上最も食べづらい昼ごはんだ。


 何気に夜見さんも俺の方を見てるし。あなたはそんなに注目しなくていいでしょ。


 夜見さんの作ってくれたお弁当はいたって普通のオーソドックスなものだと思う。夜見さんらしさが出ているとすれば、ご飯が油揚げとネギを使った混ぜご飯になっているというところだろう。おかずは卵焼きやウインナー、ほうれん草のお浸し等ごくごく普通だ。


「やっぱり、美月は料理上手だよね。私はこんなに作れない。ご飯に梅干し乗せて、冷食詰めて……、でも、プチトマトくらいは私もいれるかな」

「茜、そないに見んといて。陽さん以外に見られると思っていなかったから、そないたいしたものはないよ」


 夜見さんは恥ずかしそうに顔を下に向け向かいに座っている暮方さんを上目遣いで見ている。


「えー、うそうそ。美月が男の子のためにお弁当作るなんて初めてなんだからみんなが注目するに決まってんじゃん。さあさあ、東雲君早く食べて感想を一言くださいな」


 なに食レポまで求められるの!? 美味しいだけじゃダメなのかな。テレビの番組だって大きな声でうまい! って言うだけで成り立っている番組あるよね。


 とりあえず、混ぜご飯を一口食べる。


 出汁と醤油だけじゃなくてバターも入っていてどんどん食べたくなる。油揚げは軽く焼いているのでパリッとしていて、ネギはアクセントになっていて美味しい。


「美味しいよ。ありがとう」


 混ぜご飯の細かい解説は口には出さない。うちで夜見さんと二人だけなら話してもいいが学校でそんなことはしない。


 夜見さんはおおきにとだけ返事をした。顔を傾けている角度こそさっきと同じだけど、顔はさっきよりも朱が濃くなっている気がする。


「東雲君、その感想グッドだよ。あれこれ蘊蓄を垂れないで、美味しいとストレートに伝えるところいい」


 どうやら俺の感想は暮方さん的には好感が持てるものだったようだ。これでいいのだったら最初から感想をくださいみたいなことを言って、こっちのハードルを上げないで欲しい。


「さあ、夜見さんも食べよう早く食べないと休憩時間終わっちゃうから」


 余談であるが、夜見さんのお弁当は中身こそ俺と同じであるが、お弁当箱は小さくて驚かされる。女の子ってみんなお弁当箱小さいけどあれで午後を乗り切れるのだから不思議だ。


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 次回更新は1月15日午前6時の予定です。

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