第41話 お弁当パニック(前編)
とりあえず、勝又を追い払ったものの稼いだ時間は昼休みまでの数時間しかない。それまでに夜見さんのことをどう説明するのか考えなくちゃいけないなんて難し過ぎだろ。
許嫁として派遣されて来たなんてことは言えないし、言ったとしても信じないだろう。何ふざけたこと言っているんだって言われるのがオチだ。一緒に住んでいることももちろんダメ。このことが本当だってばれたら男子生徒から問答無用で弁護士なしの一方的な裁判にかけられて公死刑が確定してしまう。
そうだとするとただの友達という以外に何も話すことがないような気がする。
そもそも冷静になって考えると、夜見さんが俺のことを本気で好きなわけがない。夜見さんがぐいぐい距離を詰めてくるし、優しく接してくれるから忘れかけていたけど、夜見さんは許嫁としての派遣任務を失敗するとうーたんに狐の襟巻にされてしまうという一種のデスゲーム中だ。
あの猫耳パーカーのJSは見た目によらずエグイことをするもんだ。
命がかかっているから、そりゃ必死に俺に好かれようとするわけだよな。
俺なんか振られたばかりだというのに夜見さんのような美少女に優しくされて、甘やかされて、ちやほやされただけで無意識のうちに自分から夜見さんの手を取っているんだから単純だ。
俺は夜見さんのことが好きなのか……、もちろん、嫌いじゃない。でも、はっきりと好きと言えない気がする。
もし、俺が夜見さんのことを本気で好きになって、そのことを彼女に伝えたらきっと喜んでくれるだろう。それが本心からかどうかはわからないけど。
ただ、そうやってカップルになってから、夜見さんの俺に対する好意が偽りのものだと気付いてしまったら、自分はもう人を信じることも、まともな人付き合いもできなくなるんじゃないかと思う。
どうして、俺がこんなことを考えているかというと、夜見さんはこれまでいきなりバードキスをしたり、ベッドに押し倒したり、ハグしながらクンクンしたり、ベッドで恋人つなぎをしたりしたけど、直接俺のことを好きだなんて言ったことはない。
そう、好きですとも愛してますとも言ったことがない。夜見さんは俺を夜見さん無しじゃだめなくらいにしますとは言っていたけど、これは俺が夜見さんにメロメロになるということで、夜見さんが俺のことを好きになるってわけじゃない。
夜見さんだって年頃の女の子だ。本当に好きでもない相手に対しては愛してますなんて言えないのだろう。
そんなことを考えていたらちょっと気分が落ち込んできた。まともに話すようになってからまだ数日しか経っていない夜見さんに俺は何を求めているのだろう。
●
授業と関係のないことを考えていると午前中はあっという間に終わってしまい、約束の昼休憩になった。
死神というよりは疫病神のような勝又が約束の
しかし、教室を出て一歩目を踏み出したところで、夜見さんに呼び止められた。
「陽さん、お昼ならお弁当作ってきたさかい大丈夫です」
夜見さん、どうしてそういう大事なことを事前に言ってくれないの。わかっていたら、それなりに上手く対処するのに……。
ほらほら、こんなところでそんなこと言うからみんなに聞こえちゃってるし。
ありがとうと返事をして、回れ右で教室に入ると、すでに殺意丸出しの闘犬のような男子がこちらを睨んでいる。これでは生肉を体に巻き付けながら肉食獣の檻に入るようなものだ。
夜見さんが渡してくれたお弁当を持ちながら自分の席に戻る間も明らかに周りのクラスメイトの視線がめちゃくちゃ集まっているのがわかる。もちろん羨望の眼差しではない。こわーいお兄さんがドスの利いた声で、この落とし前どうつけるつもりじゃとか言いだしそうな視線だ。
俺の席には勝又が陣取っていて妬みがあふれるねっとりとした口調で話した。
「お早いお帰りですね。あら、購買でパンではなくておいしそうなお弁当を買ったんですか」
「見てただろ。夜見さんが作ってくたれ弁当だ」
夜見さんの作った弁当を購買で販売したら、取り合いになってけが人が出るぞ。
一方、夜見さんの周りにも女子がたくさん集まって賑やかになっている。きっと、俺との関係について質問が飛んできているのだろう。
「さーて、戯言は終わりだ陽。どうして、お前さんが急に夜見さんと仲良くなったのか話してもらおうか。これは難関大学に合格した人が合格体験記を書いて後輩を励ますのと同じで、この教室にいる迷える子羊たちを導く義務がお前さんにはあるってものだ」
あえて、合格体験記のような話をするならば、毎日、油揚げを持って参拝に行けというくらいしかない。許嫁コースは無理でも、恋の応援コースぐらいだったらまだ間に合う。そのコースの効果がどんなものかは知らないけどさ。
「はーい、勝又そこまで――」
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次回更新は1月13日午前6時の予定です。
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