第38話 釘を刺す(後編)

 横に座っているうーたんの方を見ると彼女もまたうちの方を目を細めながら見ていた。


「美月がどこまで知っているかは知らないけど、君が仲良くしている東雲真司郎さんが関係しているんだよねぇ。彼が毎日、油揚げを奉納して参拝していることは知っていると思うけど、今、それが四千日を超えているんだよ。このままいけば、五千日を達成して彼が願っている孫の陽君へ許嫁を派遣するという御利益が発動される。そうなった時に御利益が発動される前から陽君に君が接触しているということはいろいろと問題になるんだよぉ」


 真司郎さんが毎日お参りをしていたのは知っていたけど、まさか四千日を超えて許嫁の御利益達成までそんなに近づいているとは思わなかった。


「問題って、うちが陽君と接触することが何で問題になるんですか」

「すでに五〇〇〇日が達成される可能性が高いとのことで、その時に向けて許嫁を誰にするのかという選考が水面下で進んでいて君を含めて何人かが候補に挙がっているんだよね。候補に挙がっているのいる家はそれぞれに思惑があったりするわけだよぉ。娘を許嫁にしたくない家。娘を差し出すことで神様に忠誠と貢献を示そうとする家。それぞれの思惑や政治的な力関係が混ざり合ってかなり混沌とした状況なんだよねぇ。現状でも真司郎さんと君が懇意にしていることを良く思っていない人もいる。まあ、君たちが世間話程度しかしてないようだから、星重郎や私が今は抑え込んでいるけどねぇ」


 星重郎というのはうちのお父さんのことだ。あの鬼軍曹みたいなお父さんを名前で呼び捨てているあたりやっぱりうーたんは偉い神様なのだと思ってしまう。


 それよりも驚いたのはお父さんがうちと真司郎さんとのことを知っていて、うちに批判的な意見が出ているのを押さえていたということだ。お父さんとはあの一件以来ほとんど最低限の会話しかしていないし、元々、仕事の話を家ですることがないのでそんなことが起こっていたなんて全く知らなかった。


「うちと真司郎さんとの会話ってそないに筒抜けなんですか」

「そりゃ、神社の境内で話している声というのはある程度うーたんの耳にも入ってくるからねぇ」


 それはそうか、一瞬、神社に無数の盗聴器が仕掛けられているのではと考えてしまったけれど、さすがにそんなことはない。でも、今後は真司郎さんとの会話もある程度言葉を選んで話した方がよさそうだ。


「あの、うちが陽君と同じ学校に入学したらお父さんやうーたんに迷惑がかかったりしますか」


 うちは陽君と自然な感じで再会したと思って同じ学校に行くことを考えていたけど、それによってお父さんやうーたんに多大な迷惑をかけてしまうようならやめた方がいいのかもしれない。


「それはさっき言ったように、美月がどの学校で学ぶかは自由だから問題ないよぉ。仮に陽君と同じ学校だとしても美月の方から接触しなければ、批判的意見は抑えられるから。でも、美月はそれで大丈夫なの? 君が会いたいと思っている人が近くにいても自分からは声は掛けられないし、もし、東雲君に好きな人ができても遠くからそれを見ていることしかできない。さらに在学中には五千日を達成するだろうから、自分が許嫁に選ばれなかったら彼と別の誰かが一緒になっているところを見なきゃいけない。私にはとても残酷なことしかないように思えるけどねぇ」


 うーたんの言うとおりで陽君と同じ学校に通ってもこちらから何のアプローチもできないということはかなり辛い。あの柳小路で陽君がうちを見つけてくれた時のように高校でもうちを見つけてくれるだろうか。


「――さてと、私は次の停留所で降りるねぇ。美月、ここに残って許嫁に選ばれるように頑張るのもよし。辛いとわかっていても同じ学校にいくもよし。未来は幾重にも枝分かれしてどれが正しいかなんてことはわからない。だけど、どの道でもその道を全力で走らないとハッピー・エンドにはならないと思うよぉ」


 そう言い終えると、うーたんは立っている乗客の間をするすると抜けて降車した。


 どちらの道でも全力で走るか……。


 きっと、うーたんはうちに釘を刺しに来たのだろう。これ以上出過ぎたまねをするとうちのお父さんでも守り切れなくなるからその前に釘を刺しておいて他の家とのバランスを保とうというわけだ。


 難儀な人を好きになってもうた。


 バスの車内には西日が差し込み片側の頬のみがじんわりと温められているのを感じながらうちはもう一度、進路希望調査の用紙に目を落とした。


 ●


 結局、うちは進学先を東京の学校にした。


 最初にお母さんに話した時はすごく驚かれたけど、お父さんはそれをある程度予想していたようで、驚いた様子はなかった。両親から強く反対されることも考えていたし覚悟もしていたけど、お父さんは反対することなく、自分が進むと決めた道ならしっかりと進みなさいということだった。お父さんがその態度だったので、お母さんはそれ以上反対することはなかった。これはきっと、兄さんが東京の大学に通っているので、私の傍に兄さんがいればそこまで心配することはないと考えたようだ。


 そして、合格をもぎ取り、うちは陽君と同じ学校に通うことができようになった。


 クラスこそ違ったが隣のクラスだったので入学してすぐに廊下から陽君の姿を見つけた。あの頃に比べてかなり背は伸びていて、髪型も変わっていたけれど、すぐに彼だとわかった。


 しかし、これ以上近づくことはできないし、うちから話しかけることもできない。可能なのは陽君の方からうちに声を掛けてくれることだけ。あの時に比べてうちもちょっとは大人っぽくなったと思うし、綺麗になるための努力や手間を惜しまなかったつもりだ。きっと、あの時のように声を掛けてくれるはず。


 そう思っていたが、陽君から声を掛けられることは一週間経っても一月経ってもなかった。たまたま休憩時間に廊下ですれ違うことがあったのだけど、陽君はうちがまるで透明人間であるかのように全く目もくれてくれなかった。


 うーたんの言ったとおり同じ学校に進学するというのは辛いことの方が多いのかもしれない。


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 次回から元の時系列に戻ります。学校編スタートです。

 次回更新は1月11日午前6時の予定です。

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