第37話 釘を刺す(前編)

 学校帰りのバスの中で先日配られた進路希望調査の用紙を見つめていた。


 中学受験の時はただ一心不乱に勉強して今の学校に入ったけど、高校はどうしたらいいのだろう。さすがに東京の高校を受験したいなんて言ったら両親は反対するだろうか。


 でも、陽君ともう一度上手く出会うには同じ学校に通うのが一番だと思う。そうでないといきなり全く知らない人が友達になってくださいみたいに押し掛けてはただの危険人物だ。


 出来るだけ自然な出会い方がええはず。


「おねーさん、隣りいい?」


 通路の方から急に声を掛けられて顔を上げると、ネコミミが付いた黒いパーカーを着たショートカットの女の子が立っていた。


「うーたん!?」

「しっー、おねーさん、公共交通機関の中では他のお客さんいるから静かにだよぉ」


 人差し指を口に当てている仕草は子供っぽいのに台詞は相変わらず子供っぽくない。うーたんはぴょんとまるで重力を無視するかのように軽やかに私の隣に座った。


 うーたんと初めて出会ったあの日、家に帰ってからお母さんに神社でうーたんっていう不思議な子がいたという話をした。すると、お母さんはあらあらというような様子で、きっとうーたんは宇迦之御魂神うかのみたまのかみ様じゃないかしらと話していた。


 宇迦之御魂神様といえば稲荷神社に祀られている神様だということはうちでも知っている。神使の狐であるお父さんからすれば、会社の社長のような存在だろうか。


 そんな偉い人があんな女子小学生みたいな姿なのだろうか。いや、あれは世を忍ぶ仮の姿なのかもしれない。


 お母さんからうーたんは宇迦之御魂神様ではないかと言われると、急にうーたんと話した時の自分の言動を顧みてしまう。何か失礼なことを言っていないだろうか。うーたんを痛い子だと思っていることは見透かされていたようだけど怒ってはいないようだしとりあえずは大丈夫かなと考えていた。


「うーたん、いや、宇迦之御魂神様どうしてこないなところに」


 うちは口元を手で隠しながらうーたんにだけ聞こえるくらいの声で話した。女子小学生を神様の名前で呼んでいる様子を周りの乗客の人に見られたら絶対におかしい人だと思われてしまう。


「ん? 宇迦之御魂神ってなんのことぉ? 美月、うーたんはうーたんなんだよ」


 あくまでそういう設定で接しろということなのか。上様ではなく徳田新之助と同じパターンや。

 そして、うちの呼び方がいつの間にか呼捨てになってる。


「失礼しました。あらためて、うーたんはどうしてこちらに」

「いつもどおり普通に話してよぉ。今日はこのあと祇園の天ぷら屋で一杯やることになっているからこのバスに乗ったところだよ」


 うわぁ、めっちゃやり辛いわぁ。というか、小学生が天ぷら屋で一杯やるってどう考えてもおかしい。ウーロン茶かオレンジジュースしか出てきいひんのとちがうかな。


「美月、人を見た目で判断しちゃダメだよぉ。うーたん、これでも結構いける口だから」

「あの、うちの心を読むのやめてもらってもええですか」

「心なんか読んでないよぉ。それなりに長生きしてるとちょっとした顔の表情の変化や声の感じでわかるだけぇ。相手の心を読むなんて神様みたいなことはできないよ」


 一体どこまでが本当のことなのだろう。お店もうーたんにお酒出して大丈夫なのか。それともうーたんが身分証でも持っているのだろうか。でもきっと、聞いたところでのらりくらりとかわされそうな気がする。


「ところで、美月、君の進学のことなんだけどね。東京の高校を受験するのも合格してそこに入学するのも一向にかまわないけど、東雲陽君への君からの接触はダメだよ」


 やっぱり、うちの心読んでいはる。こんなこと表情とかでわかるわけない。


「そ、それはなんでですか」


 うちから陽君への接触はダメって、一体どういうことなんやろ。


 ― ― ― ― ― ―

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 次回更新は1月10日午前6時の予定です。

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