第35話 美月と老紳士

 境内の掃除が終わり今日は解散となったけど、最後までうーたんは姿を見せなかった。あの子はいったい何者だったのだろうと考えながら帰り支度を済ませて参道を歩いていると向かいから一人の老紳士がやって来た。近所の人がお参りに来たのだろうか。


 この神社は観光客がお参りに来るというよりも近所の人の信仰が厚いという神社だし、老紳士の見た目も観光に来たというよりも普段着でちょっとそこまでという雰囲気だ。


 すれ違う時にこんにちはと会釈をしながらその人の顔を見ると、何だが知っている人のような気がした。


 はて? どっかで会うたことあったかな。


 立ち止まって後ろ姿を見ながら思い出そうとするけれど、全く心当たりだない。


 老紳士は持っていたビニル袋から油揚げを取り出すと、お供えをして、柏手を叩いて参拝している。参拝するのにわざわざ油揚げまで持ってくるなんて今時なかなか律儀な人だ。


 そう思った時にふと陽君が錦天満宮で話していたことを思い出した。陽君のお祖父さんは毎日、油揚げを持って稲荷神社に参拝に行っていると。


 もしかして、どっかで会うたことある気ぃしたのって、あの人が陽君のお祖父さんやから? 


 でも、仮にあの人が陽君のお祖父さんだとしてなんて声を掛けたらいいのだろう。陽君は私のことを全て忘れているから、いきなり陽君の友人ですなんて声を掛けても、あとで陽君がうちのことなんか知らんって言ったら完全に変な人と思われてまう。それにそもそもあの人が陽君のお祖父さんだという確証もないのに声を掛けて大丈夫なのだろうか。


 うちがうだうだと考えているうちに老紳士は参拝を終えて再びこちらの方に向かって歩いてきた。


「あ、あの、いつも参拝をされてはる方ですよね」


 あとから考えれば、安パイに何日か張り込みをして、この人が毎日参拝をしているか確認をしてから声を掛けるという方法もあったと思う。でも、この時は何かきっかけを作らいないと、何もしないままでいたらいけないという気持ちになって声を掛けた。


「あれ? わしってそんな有名人だった」


 ちょっととぼけけた感じで気さくに答えてくれたので私の緊張は少しだけ和らいだ。


 改めて近くで見るとやはり目元が陽君に似ている気がする。でも、顔のパーツが似ているというよりもこの人から感じる雰囲気がどことなく陽君に似ているという気がした。


「有名人ってわけちゃいますけど、いつも油揚げも奉納して参拝されてるさかい信仰の厚い方やな思て」

「ああ、あれね。せっかくお参りするのに手ぶらっていうのもなんだから。それにここの神社、毎日お参りに来るとなんだかいいことがあるんだよ。お嬢さんもお参りに来ていたのかい」


 どうやら毎日油揚げを奉納してお参りに来ているようだから、この人が陽君のお祖父さんで間違いないだろう。毎日参拝する人はいても毎日油揚げまで奉納する人は稀だ。


「うちはお参りやなしに、ここのお掃除を手伝いに来とってちょうど終わったところです」


 掃除をしていたさっきまでは巫女さんのような格好をしていたけど、今は普段着に着替えてしまったから普通の参拝者と変わらぬ見た目なので間違われてもしょうがない。


「おっと、それじゃあ、君が最近話に聞く巫女さんかな」

「うちのこと噂になっているんですか」


 巫女ではないけれど、服装は似ているから間違われたのかもしれない。というよりも自分の知らないところで自分のことが噂になっているというのは気になる。悪い噂ではないといいのだけど。


「そうそう、最近、この神社に銀色の髪のとても綺麗な巫女さんがいるってちょっとした噂になっていてね。わしは毎日参拝しているのになかなか出会う機会がなかったから本当かなと思っていたところだったんだよ。あっ、ごめん。最近はこういうことを言うとセクハラになるんだっけ。そういうつもりはないから怒らないで」


 よかった。悪い噂ではないようだ。でも、うち以外にも歳の近い子が同じ格好で掃除とかの手伝いをしているのにこの髪色のせいでうちだけが目立つとは。


 それにしても、この人の話し方を聞いているとなんだか陽君を思い出すような気がした。話し方って遺伝するのだろうか。


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 次回更新は1月8日午前6時の予定です。

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