第34話 うーたん、神の子、不思議な子

 ――二年後――


「桜って咲いている時はええけど、散った後の掃除がほんま大変やわ」


 特に誰か話し相手がいるわけではないけれど、掃除してもすぐに散った桜で汚れてしまう境内を綺麗にするのは、なかなかしんどいなと思っていたら心の声が漏れてしまった。


 中学生になってからは少しずつ神使の狐の見習いとまではいかないけれど、ちょっとしたお手伝いをするようになった。


 お手伝いといっても掃除が中心でボランティアのようなものだ。掃除をしている神社も伏見稲荷のような大きな神社ではなく、うちの住んでいる地域にある神社でこじんまりとした神社だ。


 でも、今日こんにちこうやって神使の狐のお手伝いを自分がするようになるだなんて、以前の自分だったら考えられないことだと思う。


 兄さんのアドバイスのおかげだろうか、あの夏以来、うちはだいぶ変わったと思う。


 まず、兄さんが言っていたのは、男の子なんて胃袋を掴めばいちころということで、それまではほとんどやっていなかった料理をお母さんの手伝いをしながら少しずつ覚えていった。


 勉強もそれまでは両親から行きなさいと言われるがままに塾に通っていただけだったけれど、自分から勉強するようになった。これは陽君がうちよりも勉強が好きそうだったからで、近いレベルの学校に進学した方が六次の隔たりの数が少なくてすむのではと考えたからだ。


 不純な動機ではあるけれどそのおかげで成績も上がって、最初に志望していた学校よりも上位の学校に進学することができた。


 こうやって、いろんなことに全力で取り組むようになると少しだけ自信もつくようになってきて、今までよりもクラスメイトと積極的に話せるようになった。


 結果として、うちが書いた引っ込み思案が良くなるようにというお願いは少し叶ったと言っていいと思う。


「ねえ、おねーさん、集めたごみはこの袋に入れればいいかなぁ」


 後ろから声を掛けてきたのはうちよりも少し年下の女の子だった。黒のショートヘアが風でさらさらと流れている様子が可愛らしい子だ。今日ここでうち以外にもボランティアで活動している子は他にもいるのだけどこんな子はいただろうか。


「ええ、散ってしまった花も落ち葉と一緒にその袋にいれればええです」

「ありがとう。それにしても、風が吹く度に花が散っていくからきりがないねぇ。まあ、風に舞う花はそれはそれで綺麗だけどさ」


 ひらりひらりと舞う花びらがその子の頭の上に乗ったので、優しく手で摘まんで取ってあげた。すると、その子がおねーさんも付いているよと言って、背伸びをしながらうちの頭に付いていた花びらも取ってくれた。


「おおきにありがとう。うちよりも小さいのにこうやって掃除に来るなんてすごわぁ。うちがそのくらいの歳の時はそんなこと全然しようなんて思わへんかったもの」


 褒められたのが嬉しかったのかその子は腰に手を当てて少し胸を張るようにしながら言った。


「まあねぇ、うーたんにとってはこうやっていろいろなところでお手伝いをするのはちょっとした趣味みたいなものだからぁ」


 うーたんというのが彼女の愛称なのだろう。でも、見た目からすると小学校の高学年くらいに見えるから、その年齢でうーたんと言うのはちょっと痛い感じがする。せめて、低学年くらいまでがいいところだと思う。


「ん? おねーさん、今、うーたんのことちょっと痛い子だと思ったぁ?」


 思わずギクリとしてしまう。声には出していなかったけど、表情に出ていたのかもしれない。


 そないなことないよと咄嗟に返事をしたうちをうーたんは骨董品の鑑定士のように目を細めながら見ている。さっきよりも近くにあるうーたんの顔を見るとまつ毛が長くてアーモンドアイを際立出せているし、肌もすべすべで思わず触ってみたいなと思ってしまった。


「うーん、おねーさんは嘘下手そう。まあ、いいやぁ。それにしても、今の時代に神使の狐になろうなんておねーさんも珍しいねぇ」


 見た目と愛称の幼さの割に話していることは、儲かりまっか――ぼちぼちでんな、みたいな年増の雰囲気がある。同年代の子供よりも大人に囲まれながら育ったのかもしれない。


「うちはまだその道に進むと決めたわけやないけど、神使の狐がどないなものかは知っていた方がええかなとは思ってます」

「ふーん、いろいろ考えているんだねぇ。うーたんはずっとうーたんだからよくわからないけど――」


 うーたんは何者なんやろ。うちと同じ神使の狐の家の子かと思っていたけど、普通の子やない気ぃする。


「――でもね、うーたんはおねーさんが頑張っているからちょっと応援したいなって思うよぉ」


 うちがおおきにとお礼を言うとうーたんはお掃除お掃除と言いながら落ち葉や散った花びらを箒で掃いて集めだした。


 やっぱり、不思議な子やわぁ。


 そして、もっと不思議だったのはうーたんと一緒に掃除をしていたはずなのにいつの間にかその姿が見えなくなっていたことだ。まるでキツネにつままれたような気分だった。


― ― ― ― ― ―

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 年が明けて、連載開始から一カ月以上経ちますが、新しい読者の方がどんどん増えています。ありがとうございます。

 次回更新は1月7日午前6時の予定です。

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