第31話 雨のち我が家
電話からはいつもと同じ調子の軽快な兄の声が聞こえてきた。
『美月、雨は大丈夫?』
「うん、大丈夫。安井金比羅宮の近くのコンビニに避難したさかい」
『今、母さんと車でそっちに向かっているから、もうすぐ着くと思う。一緒の友達も大丈夫?』
おそらくこちらの位置は携帯の位置情報からわかったのだろう。本当ならまだ陽君と一緒にいろいろ回りたいところだけど、この雨では動けないし、服もこれだけ濡れると着替えなくてはいけない。先ほどから徐々に冷房で濡れた身体が冷え始めている。
友達も無事であることと、ここから動かずに待っていることを伝えて電話を切った。
「お母さんが車で迎えに来てくれはるって、陽君も一緒に乗せてくれるって」
「俺もいいの? 迷惑じゃない?」
「そないなことない。陽君もかなり濡れてるさかい、このままじゃ、風邪ひいてまう」
陽君からしたら、出会ったばかりの人の家族の車に乗るのは遠慮が出るところだろう。でも、ここは一緒に来てもらった方がいい。雨はいつ止むかわからないし、ここに陽君だけ残していくなんてことは出来ない。
それから、十分も待たずしてお母さんの運転する車が店先に停まった。長身の兄が傘を差しながら駆け足でこちらへ向かってくるのも見えた。
「兄さん、おおきに」
「まあ、美月のためならなんてことない。それより、お友達というのは隣にいる子かな?」
「はじめまして、東雲陽です」
陽君は緊張した面持ちで名乗った。気をつけをしたポーズが緊張で肩が上がっていて見ていてちょっと面白い。
「これはお兄ちゃん驚きだね。美月が男の子と友達になって、一緒に遊びに行くなんて」
「兄さん、それ以上、陽君に変なことを言うと嫌いになんで。それに車にお母さん待たしているなら早う行こ」
兄さんの背中を押すようにして、コンビニを出て車に乗り込んだ。
車内でも陽君はお母さんに緊張した様子で自己紹介をしたが、お母さんはうちが男の子と遊びに行っていることに特に驚く様子はなく、タオルまで貸してくれてありがとうというような様子で穏やかだ。
陽君のおじいさんの家が我が家より遠いことと、お昼も外で食べると言って出てきたということで、お母さんがそれならうちで食べたらいいわということになり、陽君は我が家へ来ることになった。
頭の中で今朝の家の様子を思い出し、ちゃんと片付いていたかを確認する。我が家は専業主婦であるお母さんがいつも綺麗にしているので、基本的に大丈夫のはずだ。問題は自分の部屋だが記憶の限りでは大丈夫のはず。
家に帰ると陽君には身体が冷えているからお風呂に入ってもらい、濡れた服は洗濯して、乾燥機にかけた。服を乾燥している間は兄の部屋着を着てもらっているのだけれど、長身の兄の服はかなりオーバーサイズだ。
自分もシャワーを浴び終わって、リビングに入ると陽君とお母さんがソファーに座って何やら話している。なんだか嫌な気しかしない。そして、うちに気付いたお母さんと目が合うとうちにわかる程度でニヤッとした。
絶対に何かいらんこと言うたか、陽君から何かを聞き出したに違いあらへん。
四人でお昼ご飯を食べている間もお母さんや兄さんが陽君に話掛ける度にヒヤヒヤして、落ち着かない。陽君は笑顔で答えているが彼だって話しかけられるたびに緊張しているはずだ。
食事が終わった後はうちの部屋で服が乾くまでゆっくり過ごすことにした。午前中は暑い中歩いていたので疲れもある。
「陽君、お母さんに変なこと聞かれへんかった?」
うちはベッドに腰掛け、陽君は座布団に胡坐をかいていてまったりした雰囲気だ。
「特になかったと思うよ。どこで知り合ったのかとかは聞かれたけど、八兵衛明神のことを言ったら面白がっていたよ」
すでにお母さんからの事情聴取は始まっているようだ。でも、今まで友達を家に呼ぶこともあまりなかったし、まして、男の子は初めてだからお母さんも新鮮なのかもしれない。
その後は先日のスマートコーヒーで話していたようにたわいもないことを話したり、面白かった本を実際に見せたりした。
しかし、午前の疲れが思いのほかあったのか徐々に眠くなってきて、その様子を陽君も感じたのか自分も少し休むから、夜見さんも休んでと言われた。我が家ということもあってリラックスしていたのかその言葉に甘えて少し横になって目を閉じた。
だけど、うちはこのことをあとで猛烈に後悔することになる。
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次回更新は1月4日午前6時の予定です。
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