第30話 雨、濡れる服

 本殿での参拝を終えると「縁切り縁結びいし」で祈願をするために形代かたしろと呼ばれる身代わりとなるおふだに願い事を書く。


 陽君に見られては恥ずかしいと思い少し離れて形代を書くことにした。願い事は「引っ込み思案が良くなりますように」と書いて、さらに「陽君との縁が続きますように」と書き加えた。


 陽君と会える時間はもうあまり残っていない。彼は地元に戻ってしまう。それでも、出会えた縁が切れないで欲しいと切に願った。


 二つも書いては欲張り者と思われるかもしれないが、悪縁を切って、良縁を結ぶがセットなら二つまではセーフだろう。


 形代が書けたら大きさが三メートルはある絵馬の形をした「縁切り縁結び碑」に開いている穴を潜る。この穴が意外と小さく四つ這いでは抜けられないので、みんながほふく前進をするような格好で潜っている。


 碑の表側から潜り、次に裏側から潜って最後に形代を碑に貼り付ける。


 幸いにして、今日のワンピースはロングタイプなのでほふく前進で碑を潜っても見えてしまう心配はない。むしろ最近は成長期で身体が大きくなっているので穴に身体がつっかえるのではないかということを気にした。


 潜り終えて碑に貼ろうとしたのだけれど、碑にはすでにものすごくたくさんの形代が貼り付けられている。それがまるで極寒の地域で暮らす動物のようにもじゃもじゃの毛がはえているみたいでちょっと不気味だ。自分の書いた形代が陽君に見つかっては一大事だと思って、毛の中に手を突っ込むようにして形代を貼り付けた。


 うちが祈願を終えると次に陽君が碑を潜って形代を張るのだけど、彼もうちと同じように表面ではなく内側の方に形代を貼り付けたらしく何をお願いしたかはわからなかった。


 うちも何をお願いしたかを追及されると困るので、こちらもしない。というかお願い事なのだから胸の内に秘めておくぐらいがちょうどよいと思う。


 祈願も終わりそろそろお昼ご飯をどうしようという時間が近づいて来たと思っていると、ポツンポツンと雨が降り始めた。参拝に夢中になっていて、空模様を気にしていない間に黒い雲が空を覆っていた。


「けっこう降るかもしれないね。どこか雨宿りができそうな場所を探した方がいいかも」


 そうは言われたもののどこか適当な場所が浮かばない。ガイド役なのに肝心の時に役に立たないポンコツだ。


 迷っているうちに雨脚が一気に強くなったので、これはまずいと思ってとりあえず、近くのコンビニに避難した。コンビニのイート・イン・スペースから外を見ると視界が白くなるほどの雨なので、ゲリラ豪雨と言うやつかもしれない。


 陽君のTシャツは濡れて肌にぴったりと張り付き、白い部分からは肌の色が透けて見える。


 はっとして自分の服も確認したが、色が薄ピンクなのと素材の関係で透けて見えることはなかった。


「まだ、使っていないからこれ使って」


 陽君が鞄からタオルを取り出し、うちの首にかけてくれた。汗をかいた時のためのタオルだろう。


「でも、うちが使ったら陽君が困るやろ」

「夏だし、俺は大丈夫。……それに、その、やっぱり、夜見さん女の子だし、濡れるとさ」


 陽君の視線がうちの濡れて張り付いた服の方に向いているのに気づいた。服は濡れているが透けてはいない。でも、張り付くことで最近徐々に女性らしくなってきた身体のラインが目立っている。


 先ほどは透けていないかということしかし気にしなかったが、彼の視線でそっちの方が急に気になりだし、首に掛けられたタオルを急いで胸元の方に回した。


「ご、ごめん」

「ううん、うちの方こそタオルを貸してもらったのに――」


 そこまで言いかけたところで突如自分のカバンから軽快な電子音がした。携帯電話を取り出すと兄さんからの着信を教える表示が出ている。


― ― ― ― ― ―

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 近況ノートの方に暮方さんと夜見さんのイメージイラスト載せてます。まだご覧になっていなくて、お時間のある方はぜひどうぞ。

 次回更新は1月3日午前6時の予定です。

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