第29話 間接キスはクリティカル

 祇園さんを一通り参拝して、そのまま円山公園の方へと歩いた。桜の季節ならばしだれ桜が有名なのですごく人も多いが、夏の時期はそこまでではない。


 この先を行けば知恩院、青蓮院があるが、それよりもうちの目に留まったのはアイスクリームのオブジェだった。


「夜見さん、ちょっと休憩する? 暑いからこまめに休憩をした方がいいと思うし」


 どうやらこちらの心を読まれてしまったようだ。でも、ここは素直に休憩をとって二人でソフトクリームを食べることにした。


 うちはミルクのソフトクリームを陽君は抹茶とミルクのミックスソフトクリームを注文して、木陰の下のベンチに座って食べることにした。


 スーパーやコンビニで売っているアイスならば家でよく食べるのだけど、外でソフトクリームを食べるなんて意外と久しぶりな気がする。おそらく今年は初めてだ。


 冷たさと甘さが口から脳へ伝わり、それがじわーと身体全体に伝わっている感じがする。


 話しながら食べると気温に負けたソフトクリームがすぐにドロドロになってしまうので、二人とも口数少なく舐めながら食べる。


「ふふっ、口が白くなってるよ」


 溶けたソフトクリームが服に垂れてしまっては台無しだと思って、少し急ぎ気味で食べ進めた結果、口の周りにソフトクリームが付いてしまったようだ。


「ちょっと待ってね」


 陽君は笑いながら鞄からハンカチを出すと素早くうちの口の周りを綺麗にしてくれた。


 口の中はひんやりしているのに顔の周りは熱くなっていく。子供っぽい自分が恥ずかしいのか、好きな人に口を見つめられながら拭かれるのが恥ずかしいのか、その両方なのかわからないけど恥ずかしさが込み上げてきて、思わず目を瞑ってしまった。


「ご、ごめん、痛かった」

「そないなことない。口の周りを汚して子供ぽいと思われたかなと思て」

「全然そんなことはないよ。俺だって多少は汚れちゃったし」


 陽君はうちの口を拭いたハンカチで自分の口も拭いた。


 それって、間接キス……。


 指摘しようかと思ったけど、陽君は全く気にする様子はない。おそらく、気付いていないのだろう。そうなると、うちがそれを間接キスなんて言ったら、こちらが自意識過剰のように見える。


 うちが陽君を意識してるのが、バレバレになってまう。


「どうかした? 急いで食べて頭キーンってなった?」


 やっぱり、全く気付いてへん。陽君はうちのことなんとも思ってないんやろか。


 ソフトクリームを食べ終わると、円山公園から次の目的地へと移動する。円山音楽堂の横を通りねねの道を進む。下河原町を過ぎて高台寺南門通りを東大路通りへ向かうと次なる目的地の安井金比羅宮はすぐだ。


 参道の鳥居には『悪縁を切り良縁を結ぶ祈願所』と大きく書かれた看板が掲げられている。


 お父さんからは安易に安井金比羅宮へは行ってはいけないと言われていた。何でもご利益が強すぎるため、中途半端にお願い事をすると大変なことになるということだ。


「そうだね。ここは日本有数の縁切りの場所だからね。学校の人間関係に悩んでここで悪縁が切れるように願ったら、自分が学校をやめることになって縁が切れるって話もある。でも、縁切りといっても悪縁を切るだけじゃなくて、看板にもあるように悪縁を切って良縁を結ぶまでがセットだよ」


 陽君の言うように御利益の力加減が上手くないのか、そこまでしなくてもいいのにというようなことがここでお願いをすると起きるらしい。


 参道を歩いているとぞくっと寒いものを感じだした。うちは同族の中でもあまり霊感とかの類に恵まれていないらしく、普段はあまりそういうものを感じないのだけれど、そんなうちでも何か怨念めいたものを感じる。


 はて、なんでやろ?


 それは境内に奉納されている絵馬を見てはっきりと分かった。病気やお酒、賭け事との縁を切りたい等の絵馬の中に口汚く呪いの言葉を綴ったかのような絵馬が多くあるのだ。


「神様だって困るよね。人を救うために縁を切るのに、相手を呪うようなことを書かれてもさ」


 そのとおり。神使のキツネとして見習い以下の自分が言うのもなんだけど、やっぱり、人を陥れるようなお願い事は叶えたいとは思えない。それは神様だって同じだと思う。


「陽君は何か切りたい縁があるの?」


 口に出してから思った。今まで陽君からそんな話は聞いていないから、他の人には聞かれたくない内容なのではないか。そこに土足で踏み入るようなことをして気を悪くしているかもしれない。


「ううん、今のところそういう縁はないよ。大事にしたい縁はあるけどね」


 ドキッとして陽君の方を見ると一瞬だけ目が合ったけど、すぐに逸らされてしまった。ただ、気のせいだろうか彼の顔がさっきより少し朱に染まっている。


「うちは引っ込み思案だったりする自分との縁を切りたい」


 自分に意地悪をするようなクラスメイトとの縁を切りたいというのもあるが、自分の引っ込み思案が無くなれば、縁を切らずともこの問題が解決していく気もした。


「そのお願いは気を付けてよ。今の自分と縁を切りたいなんて願ったら大変なことになるかもしれないから」


 陽君の言うとおりや。気を付けへんと場合によってはこの世とおさらばになるやもしれへん。


 でも、うちはこの時はまだ気付いてなかった。このお願いのせいであんなことになるなんて……。


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 次回更新は1月2日午前6時の予定です。

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